【北海道大学・札幌医科大学共同プレスリリース】医学部免疫・リウマチ内科学の神田真聡講師「細胞内代謝産物が滑膜線維芽細胞を抑制し関節炎モデルを改善」

プレスリリース

細胞内代謝産物が滑膜線維芽細胞を抑制し関節炎モデルを改善

~関節リウマチの新規治療薬候補を発見~

ポイント
・細胞内代謝産物であるイタコン酸が滑膜線維芽細胞の増殖及び浸潤を抑制することを発見。
・イタコン酸が滑膜線維芽細胞の代謝経路に及ぼす効果を解明。
・イタコン酸の関節炎動物モデルに対する効果を解明。
 

概要

 北海道大学病院の河野通仁講師、同大学大学院医学研究院の渥美達也教授、同大学大学院医学院博士課程の多田麻里亜氏、工藤友喜氏らの研究グループは、同大学大学院医学研究院の岩崎倫政教授、遠藤 努助教、清水智弘講師、札幌医科大学医学部免疫・リウマチ内科学の神田真聡講師と共同で、細胞内代謝産物であるイタコン酸*1が、関節リウマチの病態形成に重要な滑膜線維芽細胞を抑制し、関節炎動物モデルの疾患活動性を低下させることを発見しました。
 関節リウマチでは、関節を包む滑膜を形成する滑膜線維芽細胞が、免疫細胞から産生された炎症性サイトカイン*2により活性化し、過剰に増殖することでパンヌスと呼ばれる肉芽組織を形成します。パンヌスは関節軟骨や骨を破壊し、関節の変形や機能障害を引き起こします。現在、関節リウマチに対しては、免疫細胞またはサイトカインを抑制する治療が主体ですが、副作用として感染症にかかりやすくなることが問題であり、滑膜線維芽細胞をターゲットとする治療の開発が望まれています。
 今回、研究グループは、イタコン酸が関節リウマチの滑膜線維芽細胞の増殖と浸潤を抑制することを発見しました。イタコン酸を添加した滑膜線維芽細胞では、細胞内代謝の主要経路である解糖系*3と酸化的リン酸化*4が抑制されていました。細胞内でイタコン酸を産生する酵素であるAcod1をノックアウト*5したマウスに関節炎を引き起こすと、野生型のマウスよりも関節炎が増悪し、関節破壊の程度が強くなりました。さらに、関節リウマチのモデルラットの関節内にイタコン酸を投与すると、関節炎を改善させ、関節破壊の程度が減弱することも分かりました。イタコン酸は抗菌・抗ウイルス作用を有しており、今回明らかにした滑膜線維芽細胞及び関節リウマチモデルへの効果から、感染症のリスクを高めない関節リウマチ治療の実現に寄与すると考えられます。
 なお、本研究成果は、2024年5月18日(土)公開のClinical Immunology誌に掲載されました。
 
図1

背景

 関節リウマチは、免疫システムの異常により自分の関節組織を攻撃してしまい、関節を覆う滑膜に炎症が起こり、関節に慢性的な腫れや痛みを生じる病気です。進行すると軟骨や骨が破壊され、関節の変形や機能障害を起こします。滑膜の主な構成要素である滑膜線維芽細胞は、免疫細胞から産生されたTNF-α*6などの炎症性サイトカインにより活性化、過剰に増殖し、パンヌスと呼ばれる肉芽組織を形成し、軟骨や骨に浸潤し、これを破壊します。
 現在、関節リウマチに対しては免疫細胞を広く抑制、またはサイトカインをブロックする治療が主体ですが、副作用として感染症にかかりやすくなることが問題となっており、滑膜線維芽細胞をターゲットとする治療の開発が望まれています。従来の研究では、滑膜線維芽細胞の活性化には細胞内代謝が関わっており、解糖系などの主要な代謝経路の阻害により、増殖や遊走を抑制できることが明らかになっています。また、細胞内代謝産物であるイタコン酸はマクロファージ*7が活性化したときに産生され、過剰な炎症反応を抑制します。イタコン酸は細菌やウイルスの増殖を抑える作用も報告されています。
 2023年、研究グループは、イタコン酸がT細胞の細胞内代謝を調整することにより、炎症を起こすT細胞への分化を抑制、炎症を抑えるT細胞への分化を促進し、さらにイタコン酸は多発性硬化症のマウスモデルに効果的であることを報告しました(3頁【関連するプレスリリース】参照)。しかし、関節リウマチにおける滑膜線維芽細胞へのイタコン酸の効果は不明でした。
 

研究手法

 本研究は、北海道大学病院整形外科において人工膝関節または股関節置換術を行われた関節リウマチ患者様から採取した滑膜から滑膜線維芽細胞を分離・培養し、使用しました。
 まず、滑膜線維芽細胞にイタコン酸を添加し、増殖・遊走への影響を調べました。続いて、イタコン酸による滑膜線維芽細胞制御のメカニズムを解明するために、細胞内代謝の評価、網羅的な代謝産物解析を行いました。さらに、細胞内でイタコン酸を産生するAcod1という酵素をノックアウトしたマウスに抗コラーゲン抗体誘発関節炎*8を引き起こし、関節炎及び関節破壊の程度を評価しました。
 最後に関節リウマチの動物モデルであるコラーゲン誘発関節炎*9をラットに引き起こし、イタコン酸を足関節内に注射し、関節炎に対する効果を評価しました。
 

研究成果

 滑膜線維芽細胞はTNF-αで刺激すると、増殖能と遊走能の亢進がみられました。TNF-αで活性化状態にした滑膜線維芽細胞の培養液にイタコン酸を添加したところ、滑膜線維芽細胞の増殖及び遊走が抑制されました。また、イタコン酸は活性化した滑膜線維芽細胞の解糖系及び酸化的リン酸化を抑制しました。網羅的な代謝産物解析では、イタコン酸はTCA回路の中のコハク酸及びクエン酸の蓄積を引き起こしました。イタコン酸を作れないAcod1ノックアウトマウスは、野生型マウスと比較し、関節の腫れ、赤みが増し、CT画像と顕微鏡での評価で関節破壊の程度が強くなりました。さらに、コラーゲン誘導関節炎を生じたラットに対してイタコン酸を関節内注射すると、関節炎を改善させ、CT画像と顕微鏡での評価で関節破壊の程度が減弱しました。
 

今後への期待

 イタコン酸は抗菌、抗ウイルス作用を持つことから、本研究の成果によりイタコン酸を用いた滑膜線維芽細胞の抑制が、感染症のリスクが少ない、関節リウマチの新たな治療法の確立に役立つことが期待できます。

【謝辞】

 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED、課題番号JP20ek0410078、JP23ek0410111)、JCR早期RA研究推進プログラム研究助成、公益財団法人北海道科学技術総合振興センター、ロッテ財団奨励研究助成からの支援を受けて実施しました。1頁図の一部はBioRender.comを用いて作成しました。

【関連するプレスリリース】

 北海道大学・札幌医科大学共同プレスリリース「細胞内代謝産物がT細胞分化を制御する仕組みの解明~自己免疫疾患の新規治療薬候補を発見~」
 発表日:2023年3月2日(木)
 URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/2023/03/t-2.html
 

論文情報

論文名 Itaconate reduces proliferation and migration of fibroblast-like synoviocytes and 
ameliorates arthritis models(イタコン酸は滑膜線維芽細胞の増殖・遊走を抑制し、関節炎モデルを改善させる)
著者名 多田麻里亜1#、工藤友喜1#、河野通仁2*、神田真聡3、竹山脩平1、崎山広大1、石津帆高4、清水智弘4、遠藤 努4、久田 諒5、藤枝雄一郎5、加藤 将5、Amengual Olga 5、岩崎倫政4、渥美達也5(1北海道大学大学院医学院免疫・代謝内科学教室、2北海道大学病院、3札幌医科大学医学部免疫・リウマチ内科学、4北海道大学大学院医学研究院整形外科教室、5北海道大学大学院医学研究院免疫・代謝内科学教室)(#共同第一著者、*責任著者)
雑誌名 Clinical Immunology(医学の専門誌)
DOI 10.1016/j.clim.2024.110255
公表日 2024年5月18日(土)(オンライン公開)
 

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配信元

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【用語解説】

 *1 イタコン酸 … 活性化したマクロファージのミトコンドリア内にある代謝経路(TCA回路)で産生される内因性代謝産物。近年、炎症性マクロファージにおけるイタコン酸の抗炎症効果や、複数の細菌やウイルス(新型コロナウイルス含む)の増殖や、感染に伴う炎症を抑える効果が相次いで報告されている。既に食品添加物などの用途で人工的に精製されている。
*2 サイトカイン … 主に免疫細胞から分泌される低分子のたんぱく質で、細胞間の情報伝達を担う役割を持っている。関節リウマチにおいては、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインが病態に深く関与している。
*3 解糖系 … 細胞質内にある糖の代謝経路。グルコースをピルビン酸や乳酸などに分解し、細胞のエネルギー源となるATPを産生する多段階の化学反応で、各段階には代謝酵素が関わる。
*4 酸化的リン酸化 … 細胞質のミトコンドリア内の代謝経路であるTCA回路で産生された還元型補酵素が電子伝達系に渡されるときのエネルギーを利用して、ATPを産生する過程。
*5 ノックアウト … 特定の遺伝子を不活性化すること。
*6 TNF-α … 主に活性化マクロファージから産生される炎症反応の中心的な役割を担うサイトカイン。
*7 マクロファージ … 免疫細胞の一種で、関節リウマチにおいては関節滑膜に浸潤し、炎症性サイトカインを産生することで滑膜線維芽細胞を活性化させる。活性化したマクロファージはTCA回路の代謝産物からイタコン酸を生合成する。
*8 抗コラーゲン抗体誘発関節炎 … 関節リウマチの動物モデルの一つで、抗タイプⅡコラーゲン抗体を直接動物に投与することで関節炎を誘発する。
*9 コラーゲン誘発関節炎 … 関節リウマチの動物モデルの一つで、Ⅱ型コラーゲンを動物に投与することで免疫反応を生じさせ、関節炎を誘発する。 
 

発行日: