【岡山大学、札幌医科大学の共同研究】がん免疫応答の狼煙を検出し、免疫地固め療法の有効性を 早期に判定する技術開発に成功

 岡山大学学術研究院ヘルスシステム統合科学学域の二見淳一郎教授と、大学院ヘルスシステム統合科学研究科博士後期課程の森壮流大学院生は、札幌医科大学の放射線医学講座の染谷正則教授らとの共同研究で、がん免疫応答の初期応答(狼煙)を検出し、免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-L1抗体)の有効性を早期に判定する技術開発に成功しました。
 切除不能の非小細胞肺がんでは、化学放射線治療によりがんを消失させた後、継続的に抗PD-L1抗体を投与する免疫地固め療法(PACIFICレジメン)が標準治療の一つとして行われています。岡山大学で実用化に向けた研究を進めている自己抗体の網羅的定量システム(MUSCAT-assay)を用いて、抗PD-L1抗体の初回投与前後の血清中に含まれる自己抗体群を評価したところ、パネル内の何らかの自己抗体が大幅に増加するスパーク応答を示した症例では、予後が良好なことが確認されました。がん免疫治療は効果に個人差があることが医療現場の課題となっていますが、今回の研究成果は、薬剤使用の適正化、個別化医療の実現につながります。
 本研究成果は2025年7月28日に「Scientific Reports」誌に掲載されました。

発表のポイント

  •  がん細胞に対する免疫細胞の攻撃再開の初期応答(狼煙)を、自己抗体バイオマーカーのスパーク応答として検出することに成功しました。
  • 非小細胞肺がんに対する放射線化学療法の完了後、免疫チェックポイント阻害剤を免疫地固め療法として投与した際、その効果を初回投与の2週間後に判定可能であることが確認されました。
  • 実用化に向けた研究を進めている自己抗体の網羅的定量システム(MUSCAT-assay)の臨床での有用性を示す貴重な実例が、医工連携研究で取得されました。

研究者からのひとこと

森大学院生(左)と二見教授(右)
森大学院生(左)と二見教授(右)
 微量の血液で自己抗体を網羅的に定量測定できる技術(MUSCAT-assay)の実用化研究を進めています。今回、貴重な臨床検体を用いた医工連携研究で、この技術が医療現場で「免疫モニタリング」に使える手応えを得ることができました。今後さまざまな臨床検体を測定・解析して、この技術の有用性をさらに検証していきたいと思います。 

発表内容

現状

 根治切除不能な非小細胞肺がん(NSCLC)に対しては、化学療法と放射線治療を併用した化学放射線療法が有効です。しかし、この治療法には腫瘍縮小効果がある一方で治療後の再発率が高いという問題点がありました。この課題を解決するため、化学放射線療法後に免疫チェックポイント阻害剤(デュルバルマブ:抗PD-L1抗体)を「免疫地固め療法」として継続投与する「PACIFICレジメン」が標準療法の一つとして確立されています。
 具体的には、化学放射線療法で腫瘍を縮小・消失させた後、潜在的な微小転移巣を標的に抗PD-L1抗体を2~4週間間隔で1年間投与し、免疫細胞を再活性化させることで、臨床試験では一部患者の予後が大幅に改善することが確認されています。しかし、この治療法でも再発する例が多く、PACIFICレジメンの有効性を予測するバイオマーカーが求められています。
 抗PD-L1抗体は、がん細胞や免疫細胞表面のPD-L1分子に結合して免疫逃避を阻害し、T細胞によるがん攻撃を促進します。現在、多様ながん治療で利用可能な免疫チェックポイント阻害剤ですが、効果に個人差が大きいことが知られています。そこで、治療方針決定のためには事前検査が重要であり、腫瘍組織のPD-L1発現レベルの検査が一般的に実施されます。しかしPACIFICレジメンでは化学放射線治療によって腫瘍が縮小または消失しているため、このPD-L1検査が実施できない問題点がありました。
 本研究では、化学放射線治療終了時と抗PD-L1抗体初回投与2週間後の血液を採取し、微小転移巣に対する初期の免疫応答を評価することとしました(図1)。免疫系が正常に機能している場合、T細胞ががん細胞を攻撃し、死んだがん細胞のタンパク質がB細胞を刺激する「がん免疫サイクル」が継続します。がん患者の体内ではこのサイクルがブロックされ、働きが低下していますが、免疫チェックポイント阻害剤が機能すれば、このサイクルが再活性化されます。

 岡山大学の研究グループでは、B細胞免疫応答に付随して増加する自己抗体(1)群に注目し、がん免疫サイクルの活性化レベルを自己抗体の変動でモニタリングする技術開発に取り組んでいます(2)。この技術では独自開発の変性タンパク質の可溶化技術を活用することで、130種類の自己抗体を高精度に測定できる技術開発に成功しています。今回の研究は工学系が開発したプラットフォームで、実際の臨床検体を測定し、その臨床性能を評価した成果になります。

図1

研究成果の内容

  札幌医科大学でPACIFICレジメンにより治療された患者の血清を岡山大学に送付し、MUSCAT法を用いて血清中130種類の自己抗体量を測定しました。この自己抗原パネルは、非小細胞肺がん患者の末梢血に高頻度に出現する自己抗体をプロテオミクス解析により探索・強化されたものです(3)。抗PD-L1抗体の初回投与後、体内に残存する微小ながん組織の免疫抑制環境が解除されると、T細胞ががん細胞を攻撃し、細胞溶解に伴って細胞内タンパク質が放出されます。この中にB細胞が反応する自己抗原が含まれる場合、B細胞は抗原刺激を受け、対応する自己抗体を血中に大量に放出します。この反応は予防接種の2回目と同様の機序で、迅速かつ強力な2次免疫応答(4)として観察されます(図2)。
 本研究では、抗PD-L1抗体投与前後の自己抗体量の変動に着目しました。その結果、130種類の自己抗体のうち1種類以上が大幅に増加した症例(スパーク応答群)では予後が極めて良好であることが判明しました。一方、自己抗体の増加が認められない、またはわずかな増加のみの症例では免疫地固め療法の効果が不十分であり、早期再発が確認されました(図3A)。さらに、化学放射線療法前の腫瘍組織におけるPD-L1発現率と組み合わせることで、予後予測の精度がさらに向上しました(図3B)。
 自己抗体のスパーク応答を示す自己抗原には明確な共通性はなく、どの抗原が2次免疫応答を引き起こすかは個人差が大きいことがわかりました。このため、ある程度の網羅性を備えた自己抗原パネルを用いて自己抗体の変動をモニタリングすることが重要であると考えられます。
図2
図3

社会的な意義

 がん細胞が体内で発生してから、臨床的にがんと診断されるまで、免疫系とがんの間では長い戦いが続いています。そして、免疫系から逃避する能力を獲得したがん細胞が体内で増加します。この過程を打破するため、劣勢になった免疫細胞「軍」を再活性化する化学放射線治療と免疫チェックポイント阻害剤の組み合わせが有効であり、がん治療を大きく進歩させましたが、敵である「がん」はまだまだ強力です。PACIFICレジメンに代表されるように、がんと闘うには多様なアプローチを駆使した集学的な治療が重要となります。
 もし免疫軍とがんの戦況を正確に評価できるツールがあれば、治療戦略の立案がより合理的に行えます。今回の研究成果が実用化されれば、初回投与の免疫チェックポイント阻害剤によって免疫細胞「軍」が確実に敵であるがんに打撃を与えたことを示す「復活の狼煙」を、日常診療の血液検査で医師が確認できるようになります。このような免疫モニタリングツールは、個々の患者に最適な治療戦略を立てる個別化医療の実現につながります。また、確実に効果が期待される患者に選択的に薬剤を投与することで、薬剤使用の適正化にも貢献します。

論文情報

論 文 名:
Autoantibody spark response predicts treatment outcome in patients receiving chemoradiation followed by durvalumab therapy
掲 載 紙:
Scientific Reports
著  者:
Takeru Mori, Mio Kitagawa, Tomokazu Hasegawa, Masanori Someya, Takaaki Tsuchiya, Toshio Gocho, Tomoko Honjo, Mirei Date, Mariko Morii, Ai Miyamoto, Junichiro Futami
D O I:
https://www.nature.com/articles/s41598-025-12069-5

研究資金

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(22H01881, 24K10913, 23K14923, 23K07161, 24K23389)、JST-SPRING(JPMJSP2126)、日本学術振興会特別研究員(24KJ1711)、日本血液学会奨励費、特別電源所在県科学技術振興事業補助金、および科学技術振興機構(JST)の大学発新産業創出プログラム(START)(JPMJST1918)の支援を受けて実施しました。 

補足・用語説明

 (1)自己抗体:本来は外部からの異物(抗原)に結合して免疫防御を担う抗体が、何らかの機序によって自己のタンパク質や細胞成分を認識して結合するようになったものを指します。通常、免疫系は自己成分に対して反応しない「免疫寛容」という仕組みによって制御されています。しかし、がん細胞が産生する異常タンパク質への反応や、長期にわたる炎症による細胞内タンパク質の異常な暴露などによって、この免疫寛容が破綻すると自己抗体が生成されることがあります。

(2)岡山大学プレスリリース:「がんと免疫の戦歴と戦況を評価する技術が実用化に近づく~網羅的な自己抗体バイオマーカー測定の定量性を保証するシステムを構築~」(2022.5.27) https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id965.html

(3)岡山大学プレスリリース:「新規で安価なプロテオミクス技術の開発に成功!~個別化医療の精度を上げる自己抗体バイオマーカー探索の強力ツールに~」(2023.9.19)
https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id1139.html

(4)2次免疫応答:B細胞が初めて抗原を認識して抗体産生を始める機構が1次免疫応答であるのに対し、2次免疫応答ではメモリーB細胞が同じ抗原に再暴露した際に、迅速かつ強力に抗体を産生する特徴があります。

発行日:

情報発信元
  • 経営企画課企画広報係