【北海道大学大学院、札幌医科大学、東京大学医科学研究所との共同研究】皮膚エリテマトーデスの病態に「細胞老化」が関与 ~老化細胞が免疫細胞の攻撃性を高めるメカニズムを解明~

皮膚エリテマトーデスの病態に「細胞老化」が関与

ポイント

・皮膚エリテマトーデスの表皮細胞が細胞老化を起こし、病態を形成することが明らかになった。
・老化細胞は分泌因子を介して、正常な表皮細胞に対する細胞傷害性T細胞からの攻撃性を高める。
・老化細胞は細胞傷害性T細胞の攻撃から逃れるメカニズムを持つ可能性がある。
 

概要

 北海道大学大学院保健科学院博士課程2年の山本瀬菜氏、同大学大学院保健科学研究院の千見寺貴子教授、札幌医科大学保健医療学部の齋藤悠城教授、東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターゲノム医科学分野の新井田厚司講師らの研究グループは、皮膚エリテマトーデスにおいて表皮細胞で起こる細胞老化*1が病態に関与する可能性を新たに見出しました。 
 皮膚エリテマトーデスは皮膚に慢性かつ炎症性の病変が生じる原因不明の自己免疫疾患で、全身性エリテマトーデス(SLE)*2症状の一つとして発症することがあります。病態として、I型インターフェロン(IFN)と呼ばれるサイトカイン*3の発現が上昇していること、さらに正常な表皮細胞が細胞傷害性T細胞*4から攻撃され、細胞死を起こすことが分かっています。しかし、なぜ免疫細胞が正常な表皮細胞を攻撃するのか、その病態メカニズムは明らかにされていません。
 研究グループは、皮膚エリテマトーデス患者の皮膚の単一細胞解析(シングルセルRNA-seq解析)*5を行いました。その結果、表皮細胞が細胞老化を起こし、I型IFNの発現を高めていることを明らかにしました。さらに、老化細胞から産生されるI型IFNが正常表皮細胞に作用することでHLA-クラス I*6の発現を高めて、細胞傷害性T細胞から攻撃され易くなることが分かりました。一方で、老化細胞は自身が分泌する因子の作用によってHLA-クラス Iの発現を低下させることで、細胞傷害性T細胞の攻撃から逃れている可能性を示しました。
 本研究成果は、老化細胞が皮膚エリテマトーデスにおいて正常な表皮細胞が攻撃を受けるメカニズムに関与する可能性を新たに明らかにしました。
 なお、本研究成果は、2025年5月19日(月)公開のArthritis & Rheumatology誌にオンライン掲載されました。
老化細胞はI型インターフェロンを産生して、正常細胞の HLA-Iの発現を高め、細胞傷害性T細胞の攻撃性を高める。
老化細胞はI型インターフェロンを産生して、正常細胞の HLA-Iの発現を高め、細胞傷害性T細胞の攻撃性を高める。

背景

 細胞老化はDNAダメージなどに応答して生じる細胞の現象で、慢性炎症を引き起こす様々な疾患やエイジングとの関連性が報告されています。細胞老化を起こした細胞は、細胞老化随伴分泌形質(Senescence associated secretory phenotypes, SASP)と呼ばれる特徴を持ち、サイトカインやケモカイン*3など様々な生理活性物質を産生することが知られています。I型IFNは、老化細胞によって産生される因子として知られていること、また以前より、皮膚エリテマトーデスやSLEの発症に細胞老化の関与が推測されていましたが、老化細胞がどのようなメカニズムでそれらの病態に関与しているのか、分かっていませんでした。そこで本研究では、皮膚エリテマトーデス患者皮膚とSLEモデルマウス皮膚の老化細胞と免疫細胞、さらに攻撃対象となっている正常の表皮細胞を解析し、老化細胞の病態メカニズムへの関与を検証しました。 

研究手法

 公開済みの皮膚エリテマトーデス及びSLE患者の皮膚の単一細胞データ(シングルセルRNA-seqデータ)を用いて、個々の細胞レベルで網羅的な遺伝子発現を測定しました。また、単一細胞解析を用いて、老化細胞と正常表皮細胞、免疫細胞がどのように細胞間でコミュニケーションを形成しているのか、細胞間相互作用の解析を行いました。そこから、老化細胞が産生するI型IFNが正常表皮細胞に作用することで、細胞傷害性T細胞から攻撃され易くなる一方で、老化細胞は自身が分泌する因子の作用によって、細胞傷害性T細胞の攻撃から逃れている可能性が推測されました。そこで細胞培養環境下で、老化細胞から分泌因子によって正常表皮細胞が細胞傷害性T細胞からの攻撃対象となるのか検証しました。さらに、SLEモデルマウスに老化細胞除去薬(フィセチン)を経口投与し、老化細胞が除去された時のSLE皮膚病変への影響を検討しました。 

研究成果

 シングルセルRNA-seq解析によって個々の細胞レベルでの解析が可能となったことから、皮膚エリテマトーデスに存在する老化細胞の特徴が明らかになりました。またこれらの解析を用いて、老化細胞が産生する因子の作用によってHLA-クラス Iの発現を上昇させ、正常表皮細胞が細胞傷害性T細胞からの攻撃対象となっている可能性が明らかになりました。一方で、老化細胞は自身が産生する因子(EGFRリガンド)の作用によってHLA-クラス Iの発現を低下させ、細胞傷害性T細胞に攻撃されにくい特徴を持つことが明らかになりました。さらに、SLEモデルマウスに対するフィセチン投与による老化細胞除去は、皮膚組織における細胞傷害性T細胞を含む免疫細胞の蓄積を抑制し、皮膚炎症状を軽減させました。この成果は、老化細胞を中心とした新たな皮膚エリテマトーデスの病態メカニズムを解明するものになりました。 

今後への期待

 皮膚エリテマトーデスの病態において、自己を攻撃するメカニズムに老化細胞が関与している可能性が示唆されました。今後は、なぜ皮膚エリテマトーデスで老化細胞が出現するのか、未だ解明されていない発症原因の解明につながることが期待されます。さらにこれら発症・病態メカニズムのさらなる解明によって、将来的には老化細胞を標的とした治療開発へと発展することが期待されます。 

論文情報

論文名
HLA class I-downregulated senescent epidermal basal cells orchestrate skin pathology in cutaneous lupus erythematosus(HLA-ク  ラス Iの発現を低下させた老化表皮基底細胞が 皮膚エリテマトーデス病変を形成する)

著者名
山本瀬菜1、齋藤悠城2,3*、佐藤吏紗1、中野世那4、葛石大入1 、長尾彩花1、三浦倫寛1、長岡賢太郎3、北愛里紗3、宮島真貴1、井嶋翔吾5、谷口浩二6、新井田厚司7、千見寺貴子8*(1北海道大学大学院保健科学院、2札幌医科大学大学院保健医療学研究科、3札幌医科大学医学部解剖学第二講座、4北海道大学医学部保健学科、5札幌医科大学医学部口腔外科学講座、6北海道大学大学院医学研究院病理学講座統合病理学教室、7東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターゲノム医科学分野、北海道大学大学院保健科学研究院8 *責任著者)

雑誌名
Arthritis & Rheumatology(リウマチ学の専門誌)

DOI
10.1002/art.43244

公表日
2025年5月19日(月)(オンライン公開)

用語解説

※1 細胞老化 
ダメージを受けた細胞が老化することで、細胞老化随伴分泌形質(Senescence-associated secretory phenotype, SASP)と呼ばれる現象を起こして、免疫細胞などの動員を増加させる。老化した細胞は通常は免疫細胞などによって除去される。一方、除去されない老化細胞の存在も知られ、それらは慢性炎症を引き起こす。

※2 全身性エリテマトーデス(SLE)
自己免疫疾患の一つで、全身性に炎症性病変を起こす疾患。皮膚や腎臓、心血管、肺など様々な臓器で炎症を起こす。皮膚病変は約70%のSLE患者に認められる。

※3 サイトカイン・ケモカイン 
サイトカインは細胞から分泌されるタンパク質で細胞間の情報伝達を担う。ケモカインはサイトカインの一種で、主に白血球などの免疫細胞の遊走を誘導する。

※4 細胞傷害性T細胞 
免疫システムの一部で、ウイルス感染細胞やがん細胞といった異常な細胞を直接見つけて破壊する免疫細胞。自己免疫疾患では、細胞傷害性T細胞を含む免疫細胞の過剰な働きが認められる。

※5 単一細胞解析(シングルセルRNA-seq解析)
個々の細胞が持つRNA情報を読み解き、どんな細胞が、どのような働きをしているのかを詳細に調べる技術。

※6 HLA-クラス I 
私たちの体ほぼすべての細胞の表面に存在するタンパク質。細胞内で作られたタンパク質の一部(ペプチド)を細胞表面に提示し、細胞傷害性T細胞に知らせる。
 

発行日:

情報発信元
  • 経営企画課企画広報係