【研究発表】骨髄間葉系細胞移植による肝臓再生メカニズムを解明

~ 内在性肝前駆細胞をターゲットにした肝再生誘導治療への展開 ~

 <研究の概要>
 札幌医科大学医学部附属フロンティア医学研究所組織再生学部門 助教・市戸 義久らの研究グループ(教授 三高 俊広)は、同大学医学部分子生物学講座(教授 鈴木 拓) と東京医科大学 医学総合研究所 分子細胞治療研究部門 (教授 落谷 孝広)との共同研究で、ラット大腿骨骨髄から単離した間葉系細胞を、肝細胞の増殖を抑制した後に肝臓の2/3を切除したラット肝臓に移植すると、肝臓の再生を促進することを見出しました。移植した骨髄間葉系細胞が分泌する細胞外小胞(Extracellular vesicles; EVs)に含まれるmiR-146a-5pがレシピエントに元々存在する肝前駆細胞を活性化させ、肝再生を促進する、という新しい肝再生メカニズムを解明しました。 この研究は文部科学省科学研究費補助金と寿原記念財団研究助成金のもとで行われたもので、その研究成果は、2021年5月29日付に国際科学誌Stem Cell Research & Therapyのオンライン版で発表されました。  

 Norihisa Ichinohe, Masayuki Ishii, Naoki Tanimizu, Toru Mizuguchi, Yusuke Yoshioka, Takahiro Ochiya, Hiromu Suzuki and Toshihiro Mitaka.
Extracellular vesicles containing miR-146a- 5p secreted by bone marrow mesenchymal cells activate hepatocytic progenitors in regenerating rat livers
(骨髄間葉系細胞が分泌するmiR-146a-5pを含む細胞外小胞は肝前駆細胞を活性化することで肝再生に寄与する。)
Stem Cell Research & Therapy (2021) 12:312
https://stemcellres.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13287-021-02387-6

<研究のポイント>

・ ラット大腿骨骨髄から単離した骨髄間葉系細胞(Bone marrow mesenchymal cells; BM-MCs)をRetrorsine/Partial Hepatectomy (Ret/PH)モデルに移植すると、レシピエント肝臓由来の小型肝細胞様前駆細胞(Small hepatocyte-like progenitor cells; SHPCs)という肝前駆細胞の増殖が促進されました。
・ BM-MCsを培養した際の培養液(培養上清: Conditioned medium: CM)を回収し、超遠心法で抽出したEVsをRet/PHモデルに投与すると、細胞移植と同様にSHPCsが増大しました。
・ EVsに含まれる因子をmicro RNAを中心に検討したところ、miR-146a-5pが肝前駆細胞の増植を促進しました。
・ miR-146a-5pをBM-MCsに強制発現させると、EVs中に含まれるmiR-146a-5pの量が約5倍高まりました。このEVsをRet/PHモデルに投与したところ、SHPCsが約2倍増大しました(図1)。
・ 以上のことから、BM-MCs由来EVs中のmiR-146a-5pが内在性肝前駆細胞を増大させる重要因子であることがわかりました。
図1:miR-146a-5pを強制発現したBM-MCs由来EVsを投与した肝組織の写真
図1:miR-146a-5pを強制発現したBM-MCs由来EVsを投与した肝組織の写真
 <研究の背景、実施期間など>
 肝臓は再生能力の高い臓器として知られており、肝臓の2/3を切除しても、10日程でほぼ元の大きさに回復します。しかしながら、慢性的に障害された肝臓では成熟肝細胞の機能が低下し、再生能力も悪くなります。現在、肝硬変等の致死的肝疾患患者に対して肝臓移植が行われていますが、脳死移植ではドナー不足、生体肝移植では健康なヒトの体にメスを入れる等の様々な問題があります。そこで新しい代替医療として細胞移植による再生医療に期待が寄せられています。これまでの細胞移植では、移植したドナー細胞が、患者の肝臓に生着・増殖し、臓器全体がドナー細胞で置き換わることを主目的としてきました。従って,iPS細胞からの肝細胞創製が注目されますが、これまでの実験で肝細胞移植では生着率が低く、置換されるまでに時間がかかることが問題でした。しかしながら、BM-MCs移植では、生着し肝細胞に分化しないにも関わらず、移植早期にレシピエントの肝臓が大きくなっていることに気づき、そのメカニズムを解明するところから本研究が始まり、内在性肝前駆細胞の増殖を活性化することで肝再生を促進することを見出しました。

<研究の意義、これからの可能性>
 従来、細胞移植は、疲弊した肝細胞を新鮮な肝細胞と置換することを目的として行われてきましたが、本研究結果は、移植細胞が放出するEVsが直接、内在性の肝前駆細胞の増殖を促進することによって、肝再生を促進していることを示しています。言い換えれば、疲弊した肝細胞がBM-MCsが分泌するEVsで元気になり、肝臓が早く再生する、ということです。今後は患者数の多い脂肪性肝炎や重症な肝硬変モデルにおいても同様の肝再生を促進できるのか、検討していきたいと考えています。
 最近、細胞間情報伝達物質としてのEVsに関心が集まりつつあり、研究が進んでいます。小胞内にはmRNAやmiRNA、long non-coding (lnc)RNAをはじめ、様々な因子が内包されていることが分かっています。これまでは癌の分野においてEVsの研究が進んでいますが、今回は内在性肝前駆細胞にターゲットを絞って再生促進因子の解析をしました。今後EVsから他の肝再生促進因子を同定出来れば,肝線維化改善薬や肝賦活化薬を開発することに繋がると考えられます。現在、札幌医科大学では骨髄間葉系幹細胞(Mesenchymal stem cells; MSCs)を用いた脳梗塞や脊髄損傷患者に対する再生医療が進んでいることから、本研究による再生メカニズムの解明は、肝再生医療への臨床応用を後押しするものと考えています。

所属・職・氏名:札幌医科大学医学部附属フロンティア医学研究所組織再生学部門・研究員・市戸義久
TEL:011-611-2111(23910)            
FAX: 011-615-3099
E-メール:nichi☆sapmed.ac.jp
       ☆を@に変えて送信してください。
 

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