【共同研究】乳がん患者に対するPRDM14 を標的とした核酸医薬候補 医師主導第I相試験(First In Human試験)開始について

 次のとおり、共同研究にかかわるニュースリリースがありましたのでお知らせいたします。

乳がん患者に対するPRDM14 を標的とした核酸医薬候補 医師主導第Ⅰ相試験(First In Human試験)開始について


公益財団法人がん研究会 有明病院(以下「がん研有明病院」)は、東京大学医科学研究所、札幌医科大学、公益財団法人 川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(以下「iCONM」)、慶應義塾大学病院、およびナノキャリア株式会社(開発時はアキュルナ株式会社)と共同研究を進めてきたsiRNA核酸医薬候補である乳がん治療薬(SRN-14/GL2-800)を用いて、医師主導治験(First In Human試験)を令和2年9月2日より開始いたしました。

◇開発の背景
本邦女性の癌罹患数で第一位の乳がんは、既存の治療法で患者の3割が転移再発し、年間で1万人が死亡しており社会的影響が非常に大きい状況です。乳がんはホルモン受容体(エストロゲン受容体: ER、プロゲステロン受容体: PgR)、がん細胞の増殖に関与するタンパク質の一つ(HER2)、がん細胞の増殖活性(Ki67値)という3要素で分類され、その分類に応じて「内分泌療法」、「化学療法」、「分子標的療法(抗HER2 療法)」を単独又は併用で治療を行います。
一方、治癒切除ができないトリプルネガティブ乳がん(TNBC)※1や、ホルモン療法が効かなくなった遠隔転移を有する、あるいは治癒切除ができない局所浸潤型の乳がんの患者に対する分子標的治療薬に関しては、現状ではBRCA遺伝子変異陽性患者におけるPARP阻害剤※2以外に、標準療法となっている薬物がありません。
SRN-14/GL2-800の治療標的分子であるPRDM14分子は、人体のほぼすべての正常組織で発現がなく※3、TNBCを含む乳がんの症例の半数以上で発現が高いことが分かりました。PRDM14分子は細胞の核で発現する分子であることから、これを標的とする低分子化合物や抗体の開発は極めて難しく、今回、遺伝子配列情報から開発が可能な核酸医薬品の開発に着手しました。さらに、治癒的切除ができない患者を対象とした治療薬の開発を目指すことから、病変への局所注射ではなく、静脈内注射による全身投与による治療方法の創出も喫緊の課題となっていました。

◇開発の内容

今回使用する核酸医薬候補のSRN-14/GL2-800は、iCONM、東京大学、東京大学医科学研究所が共同で開発した世界初のPRDM14分子に対するキメラ型siRNA※4とそのナノキャリアーから構成される化合物です。PRDM14分子は、乳がんでその発現が特に高いことが札幌医科大学において豊田実(故人)、今井浩三らにより発見されました(Cancer Res, 2007)。
SRN-14は、東京大学で開発されたキメラ型siRNAの高い安全性に加えて、特許出願技術であるsiRNA配列探索プログラム(siDIRECT®)※5(文献 1)を基盤に治療用配列を選定した極めて標的分子に対する特異性が高いsiRNAです。東京大学、iCONMで開発された核酸ナノキャリアーである、分岐型 PEG-ポリオルニチンブロックポリマー(GL2-800) ※6は、核酸と単分散(均一の粒形分布)を示す安定な複合体を形成し、高い安全性、優れた血中滞留性とがん組織への高い集積性を示します(文献2)。
SRN-14/GL2-800について、東京大学医科学研究所と医薬品開発業務受託機関で非臨床試験を実施しました。TNBCに由来する乳がん細胞を用いた同所移植モデル、肺転移モデル※7を作成し、治験薬であるSRN-14/GL2-800を静脈注射で投与したところ、乳がん細胞で形成される腫瘍サイズの縮小、および肺の転移巣形成の抑制が認められました。さらに、毒性試験において重篤な有害事象は見られませんでした (文献 3, 4)。
以上のことから、SRN-14/GL2-800は乳がんの進行を抑えることが期待されたため、がん研有明病院、東京大学医科学研究所、iCONM、慶應義塾大学病院、およびアキュルナ株式会社で共同研究を展開し、治験薬の製剤化と治験の準備を推進しました。

◇治験の目的
本試験はがん研有明病院において、siRNA核酸医薬候補であるSRN-14/GL2-800を、ヒトに対して初めて投与する医師主導治験(第Ⅰ相)です。治癒的切除不能又は遠隔転移を有する再発乳がんで化学療法の全身投与適応となる患者に対して用量漸増法で行われます。
主要評価項目である安全性、SRN-14/GL2-800投与後の薬物動態の確認の他、副次的にSRN-14/GL2-800の薬効についても検討を行う予定です。

■助成金 SRN-14/GL2-800の開発は、以下の助成を受けています。
日本医療研究開発機構(AMED)研究費
 ■H27 - 28年度 革新的がん医療実用化研究事業「PRDM14を標的とする革新的核酸治療による難治性がん克服のための実用化に関する臨床研究」(代表:谷口博昭)
 ■H27 - 28年度 革新的がん医療実用化研究事業 「新規バイオマーカーPRDM14による難治性乳がん・すい臓がんの診断法の開発」(代表:今井浩三)
 ■H26 - 28年度 医療分野研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP)「がん幹細胞特異因子を標的とした難治性癌の治療法開発検討」(代表:(株)RNAi 山田智之、研究責任者:谷口博昭)※H26年度に科学技術振興機構(JST)のA-STEPにて採択され、H27年度にAMEDに移管
厚生労働省科学研究費
 ■H24 - 26年度 難病・がん等の疾患分野の医療の実用化研究事業「癌幹細胞を制御する転写因子を標的とした難治性乳癌治療法の開発」(代表:谷口博昭)
文部科学省科学研究費
 ■H24年度 橋渡し研究加速ネットワーク事業 「がん幹細胞特性を制御する転写因子を標的とした難治性がん治療法の開発」(代表:谷口博昭)
 ■H23 - 24年度 若手研究B 「幹細胞様腫瘍細胞の形質を制御する新規経路の同定とがん治療への応用」(代表:谷口博昭)
民間助成研究費
 仙台厚生病院研究助成、リレーフォーライフジャパンプロジェクト未来研究助成、膵臓病研究財団 研究奨励賞、日本消化器病学会臨床研究助成

■用語の説明
※1:トリプルネガティブ乳がん(TNBC)
 TNBCは乳がん全体の約10〜15%を占め、女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)により増殖する性質を持たず、かつ、がん細胞の増殖に関わるHER2を過剰にもっていないという特徴を有する乳がんで、3つの陰性(ER陰性、PgR陰性、HER2陰性)を意味してトリプルネガティブと言われます。そのため、ホルモン療法や、HER2を標的とした分子標的薬の効果が乏しく、抗がん剤治療を行います。
※2:BRCA遺伝子変異陽性患者におけるPARP阻害剤
 BRCA遺伝子は2本鎖DNAの傷を修復して、細胞ががん化することを抑えるがん抑制遺伝子の一つで、本遺伝子の変異により遺伝子の不安定性が生じ最終的に乳がんや卵巣がんを引き起こす原因になります。BRCA遺伝子変異で生じたがんに対して、分子標的薬としてPARP (1本鎖DNAの傷を修復する塩基除去修復蛋白を運んでくる酵素)の阻害薬が有効です。
※3:PRDM14分子の正常組織での発現
 ほとんどの正常組織では発現がみられないことから、PRDM14分子の発現を押さえても副作用が少ないと考えられます。腫瘍組織以外では、胚性幹細胞と原始生殖細胞に一過性に発現することが知られています。
※4:キメラ型siRNA
 東京大学大学院理学系研究科西郷薫名誉教授らの研究成果であるキメラ型siRNAは、siRNAがRISC複合体上でmRNAと対合する際に最重要なシード配列に相当する部分をDNAに置換したsiRNAであり、siRNAとノックダウン効果が同等であることが証明されています。RNaseに対する耐性が高く血清中で安定であり、免疫応答誘導性が低く、保護基を必要としないため代謝産物が生命体由来のものです。
※5:siDIRECT®
 東京大学理学系研究科で開発されたsiRNA設計ツールです。Refseq情報(配列解析の基準として参照するための高品質な遺伝子配列データベース)に対応し、配列依存的なオフターゲット効果を最小化したsiRNAの配列を高速で設計することができます。本研究では名取幸和先生のご協力により、本ツールを基盤に、①遺伝子抑制能の高い配列の選択、②非標的遺伝子に対するシード配列一致型オフターゲットの防止、ミスマッチ数の少ない全長配列型オフターゲットの防止、③免疫原性を考慮した配列設計を行い、細胞レベルの検証とともに治療用の核酸配列の最適化を行いました。なお、一般的なsiRNAの場合はセンス鎖(パッセンジャー鎖)とアンチセンス鎖(ガイド鎖)の両鎖で②と③を行うことが必要ですが、キメラ型siRNAの場合はセンス鎖による②と③を回避でき、配列依存のオフターゲットを防止しやすくなります。
※6:分岐型 PEG-ポリオルニチンブロックポリマー GL2-800
 東京大学、iCONMの片岡一則教授らが開発した分岐型 PEG-ポリオルニチンブロックポリマー(GL2-800)は以下の特徴を有しています。
 A)陽イオン性ポリマーのポリオルニチンと非イオン性ポリマーのポリエチレングリコール(PEG)から構成されています。ポリオルニチンはアミノ酸原料(オルニチン)からなるポリマーであり、オルニチンはサプリメントにも使用されています。また、ポリエチレングリコール(PEG)は多くの医薬品に使用されており、原材料の安全性の懸念がありません。
 B)siRNA が 本ポリマーのPEG に効果的に覆われた構造を呈し優れた血中滞留性を示します。
 C)粒子径が 17 nm と均一(単分散)かつ極小であることからEPR(Enhanced Permeability and Retention)効果を最大に発揮します。
 D)in vivo 動態試験で肝臓、脾臓への集積性は示さず、効果的に癌組織特異的に集積することが確認されています。
 E)間質が豊富な膵臓がんモデルにおいても、高い組織浸透性、均質な癌組織内分布を示します。
 F)肝機能、腎機能への影響が無く安全性が高いと考えられます。
※7:同所移植モデル、肺転移モデル
 同所移植モデルについては、雌性免疫不全マウスの乳腺にPRDM14陽性TNBC由来乳がん細胞株を移植し、一定の腫瘍径に成長した後、尾静脈よりSRN-14/GL2-800を核酸相当量(1mg/kg)で週3回投与するモデルで腫瘍の大きさを観察しました。肺転移モデルについては、雌性免疫不全マウスの尾静脈より注入することで肺転移をきたすことが知られているPRDM14陽性TNBC由来乳がん細胞株を用いて、注入3日後より尾静脈よりSRN-14/GL2-800を核酸相当量(1mg/kg)で週3回投与するモデルで経過を観察しました。

【主要な参考文献 ・論文等】
1. Ui-Tei K, Naito Y, Zenno S, Nishi K, Yamato K, Takahashi F, Juni A and Saigo K. Functional dissection of siRNA sequence by systematic DNA substitution: modified siRNA with a DNA seed arm is a powerful tool for mammalian gene silencing with significantly reduced off-target effect. Nucleic Acids Res. 2008;36(7):2136-2151.
2. Watanabe S, Hayashi K, Toh K, Kim HJ, Liu X, Chaya H, Fukushima S, Katsushima K, Kondo Y, Uchida S, Ogura S, Nomoto T, Takemoto H, Cabral H, Kinoh H, Tanaka HY, Kano MR, Matsumoto Y, Fukuhara H, Uchida S, Nangaku M, Osada K, Nishiyama N, Miyata K, Kataoka K. In vivo rendezvous of small nucleic acid drugs with charge-matched block catiomers to target cancers. Nat Commun. 2019;10(1):1894.
3. Taniguchi H, Moriya C, Akinaga S, Kataoka K, and Imai K. PRDM14 silencing by siRNA combined with an innovative nanoparticle reduced breast tumor formation and metastasis in vivo. Cancer Res. 2018; 78 (13 Suppl).
4. Taniguchi H, Hoshino D, Moriya C, Zembutsu H, Nishiyama N, Yamamoto H, Kataoka K, Imai K. Silencing PRDM14 expression by an innovative RNAi therapy inhibits stemness, tumorigenicity, and metastasis of breast cancer. Oncotarget. 8:46856-46874, 2017.

【謝辞】キメラ型siRNAの設計、GMP合成に株式会社RNAi、Abnova社、ST Pharm社のご協力を得ました。 

発行日: