【研究成果】肝疾患における核内脂肪滴の特徴を解明 ~肝疾患の新たな診断・治療法開発の可能性に期待 〜 (解剖学第一講座)

<研究の概要>

 札幌医科大学医学部解剖学第一講座 大﨑 雄樹 教授、名古屋大学大学院医学系研究科消化器内科学の今井 則博 助教らの研究グループは、肝細胞の核内脂肪滴*1が形態的に2種類に分類され、それぞれ異なる臨床的特徴を持っていることを明らかにしました。研究グループは肝生検検体に対し電子顕微鏡を用いた超微細形態解析を行い、生体内肝細胞における“核質内脂肪滴”*2(核質内に浮遊する脂肪滴)が小胞体ストレス*3によって形成されること、細胞質の脂肪滴が核膜とともに核内へと陥入する”細胞質脂肪滴の核内陥入”*4が細胞質の脂肪滴蓄積とは負に相関していることを見出しました。本研究の成果により核内脂肪滴を中心とした新たな病態生理メカニズムの解明が期待されます。

<研究のポイント>

・ 生体内の肝細胞における形態の異なる2種類の核内脂肪滴の形成頻度を明らかにしました。
・ 生体内肝細胞において“核質内脂肪滴”が小胞体ストレスに関連して形成されることを明らかにしました。
・ “細胞質脂肪滴の核内陥入”の形成は細胞質脂肪滴が過剰蓄積した肝細胞では抑制されることを明らかにしました。
 
図A

<研究の背景、実施期間など>

 中性脂質(トリアシルグリセロールとコレステロールエステル)の油滴である脂肪滴は全身の細胞に存在し、エネルギー貯蔵、熱産生、蛋白質分解など多くの生理的機能に関与することが明らかになってきました。脂肪滴は細胞質の小器官と考えられてきましたが、近年、肝細胞や肝癌細胞において細胞核にも脂肪滴が豊富に存在することが判明し、その形成機構や機能が注目されています。研究グループはこれまでに、肝癌由来培養細胞やマウス肝細胞において、核内脂肪滴がリン脂質合成を活性化させて小胞体ストレスに対する細胞保護効果を発揮することを明らかにしてきました。しかしながら、実際の人肝臓における肝細胞内の核内脂肪滴の形成頻度や機能はこれまで明らかではありませんでした。本研究では様々な肝疾患において肝細胞内の核内脂肪滴がどのような頻度、形態で確認されるか、またその病態生理学的意義を解明することにより、新たな治療法へつながる病態メカニズムの解明への足掛かりとなることを目的としました。本研究は2020年から2023年の間に行われました。
 名古屋大学医学部附属病院において肝生検を行った80名の患者から、研究資料提供の同意を得た上で採取した肝生検標本の一部を透過電子顕微鏡により観察しました。核内の脂肪滴は、脂肪滴に隣接する細胞質および核膜陥入の有無により、(1)核質に浮遊する真の核内脂肪滴(核質内脂肪滴)と、(2)細胞質脂肪滴が核膜と共に核内に陥入し、見かけ上核内脂肪滴に見えるもの(細胞質脂肪滴の核膜陥入)の2種類に区別されました(図A)。症例は男性35名、女性45名、平均年齢は58歳(24~89歳)でした。病理診断結果は、非アルコール性脂肪性肝炎が12名、薬物性肝障害が11名、悪性腫瘍が22名、自己免疫性肝炎が7名、その他が28名でした。
 解析の結果、核質内脂肪滴は69%、細胞質脂肪滴の核膜陥入は32%の肝生検検体に観察されました。核質内脂肪滴と細胞質脂肪滴の核膜陥入の発生頻度には相関を示しませんでした。核質内脂肪滴、細胞質脂肪滴の核膜陥入は共に自己免疫性肝炎において高頻度で観察されましたが、疾患特異的な発生頻度の変化は認められませんでした。
 核質内脂肪滴は非アルコール性脂肪性肝炎においても高頻度に形成されていましたが、核質内脂肪滴の頻度と細胞質の脂肪化(脂肪肝の比率)との間には相関がなく、核質内脂肪滴が細胞質の脂肪化を直接反映していないことが示されました。一方、核質内脂肪滴の形成頻度は、小胞体内腔の拡張との間に有意な正の相関が認められ、小胞体ストレスが惹起された際に核内で核質内脂肪滴が形成されることが示唆されました(図B)。
 
図B
 核質内脂肪滴とは対照的に、細胞質脂肪滴の核膜陥入は20%以上の細胞質の脂肪化(細胞質脂肪滴の蓄積)が観察される症例では形成されなかったことから、細胞質脂肪滴の核膜陥入は過剰な細胞質脂肪滴が蓄積された肝細胞では形成が抑制されることが示唆されました(図C)。さらに細胞質脂肪滴の核膜陥入は血中総コレステロール量、LDLコレステロール量が相対的に低い患者肝細胞において有意に多く形成されていました。一方、細胞質脂肪滴の核膜陥入の形成頻度と小胞体内腔の拡張との間には有意な相関関係は認められませんでした。

<用語解説 >

*1 核内脂肪滴;細胞核に観察される脂肪滴の総称で、*2、*4の2種類を含みます。
*2 核質内脂肪滴;核質内に浮遊している“真の核内脂肪滴”。
*3    小胞体ストレス; 様々な内的・外的環境変化によって小胞体内腔に異常なタンパク質が蓄積する状態を指します。ウイルス性
            肝炎・アルコール性肝障害・非アルコール性脂肪性肝炎等、様々な肝疾患の進展に関与していると考えられています。
*4 細胞質脂肪滴の核内陥入;核膜が細胞質脂肪滴を包み込んで核内方向に陥入するもの。光学顕微鏡観察では核内に存在する
             ように見えるが、電子顕微鏡観察により*2との違いを判別できる。
 


<研究の意義、これからの可能性、今後への期待、今後の展開など>

 人の生体組織内での核内脂肪滴報告例はこれまでC型肝炎患者一例のみでしたが、今回の結果から様々な背景の生体肝細胞において核内脂肪滴が確かに存在することが判明しました。より多くの疾患例解析により、核内に存在する2種類の脂肪滴の形成頻度と特定の肝疾患背景との相関関係が明らかになれば、原因不明であった肝疾患の鑑別法などへの応用が期待されます。さらに疾患モデル培養細胞・動物肝細胞における核内脂肪滴の機能を調べることにより、肝疾患の新たな治療法開発につながる病態メカニズムの解明への足掛かりとなることが期待されます。

<論文発表の概要>

研究論文名:Distinct features of two lipid droplets types in cell nuclei from patients with liver diseases.
著者:今井則博¹(責任著者)、大﨑雄樹²(共同筆頭著者、共同責任著者)、程 晶磊³、章 菁菁¹、水野史崇¹、田中卓⁴、横山晋也¹、山本健太¹、伊藤隆徳¹、石津洋二¹、本田隆¹、石上雅敏¹、和氣弘明³、川嶋啓揮¹
1名古屋大学大学院医学系研究科 消化器内科学
2札幌医科大学 医学部解剖学第一講座
3名古屋大学大学院医学系研究科 分子細胞学
4名古屋大学医学部附属病院 救急・内科系集中治療部
公表雑誌:Scientific Reports
公表日:2023年4月26日
 

<本件に関するお問い合わせ先>

 所属・職・氏名:札幌医科大学医学部解剖学第一講座・教授・大﨑 雄樹
TEL:011-611-2111(内線26300)           
FAX:011-640-3002 E-メール:yohsaki☆sapmed.ac.jp(☆を@に変えてください)
 

発行日: