【研究成果】ヒト内在性レトロウイルス由来の腎がん抗原を発見  ~腎がん免疫治療戦略に新しい光~

<研究の概要>

 札幌医科大学医学部病理学第一講座の金関貴幸講師・鳥越俊彦教授らの研究グループは、旭川医科大学腎泌尿器外科学講座の小林進助教・柿崎秀宏教授との共同研究で、免疫プロテオゲノミクスと呼ばれる新しい技術を用いて腎がん組織を解析し、腎がん細胞にはヒト内在性レトロウイルス(human endogenous retrovirus, hERV)に由来するがん抗原が提示されていることを発見しました。このhERVがん抗原は患者の免疫細胞を刺激します。腎がん患者の免疫細胞はhERV抗原を目印として腫瘍の中に集まり、がん細胞と戦っていると考えられます。今回の発見は新しい治療標的あるいは免疫治療効果バイオマーカーとして臨床応用できる可能性があります。
 本研究成果は、2023年8月23日(水)公開のJCI Insight誌に掲載され、注目論文として表紙を飾りました。
 

<研究のポイント>

– ヒト腎がん組織の免疫プロテオゲノミクス解析を実施
– hERVの一部が翻訳され、がん細胞のHLAに提示されている
– 患者のT細胞はhERVがん抗原に反応する
– 健常人のT細胞もhERVがん抗原に反応する
– hERV産物は新しいタイプの「がん抗原」であり、治療標的となりうる
 
 
図1

<研究背景>

 腎がんでは免疫チェックポイント阻害剤を用いた免疫療法が実施されています。免疫チェックポイントの効果を担う免疫細胞はT細胞です。T細胞はがん細胞を攻撃し駆除することができます。T細胞は、細胞表面のHLAに提示されたペプチド(抗原と呼びます)を確認し、がん細胞なのか正常細胞なのか、攻撃すべきかどうかを正確に区別しています。がんの目印となる抗原を「がん抗原」と呼びます。腎がんではどのようながん抗原が存在し、T細胞を誘導しているのかよくわかっていませんでした。

<研究方法>

 今回、私たちは腎がん組織を免疫プロテオゲノミクスと呼ぶ技術で解析しました(図1)。これは腎がん細胞表面のHLA分子に提示されるペプチド配列を抽出し、マススペクトロメトリーで網羅的かつダイレクトに配列解読する最新技術です。ヒトゲノムにはヒト内在性レトロウイルス(hERV)と呼ばれる領域が存在しています。私たちは次世代シーケンサーを用いた独自のパイプラインを開発し、hERV遺伝子など従来技術では解読できなかった遺伝子領域に由来する抗原ペプチドの解析を実現させました。
 
(図1) 免疫プロテオゲノミクス(プロテオゲノミクスHLAリガンドーム解析)によるhERVがん抗原の同定
(図1) 免疫プロテオゲノミクス(プロテオゲノミクスHLAリガンドーム解析)によるhERVがん抗原の同定

<研究結果>

  腎がんの腫瘍と正常組織を探索したところ、hERV遺伝子に由来する抗原がHLA提示されていることがわかりました。さらに正常ではなくがん組織に偏って存在するhERV抗原を発見しました。同時に、腎がん患者では腫瘍内にhERV抗原に反応するT細胞が集まっていることを確認しました。このhERV抗原は健常人の血液中のT細胞を刺激することもわかりました。つまり、ヒト免疫系はhERVがん抗原を目印にがん細胞を認識している可能性があります。hERVは腎がんにおける新しいタイプの「がん抗原」であると考えられます。

<展望>

 がん予防ワクチンなどの治療標的としても応用可能であると考えています。また、hERVがん抗原は腎がんにおける免疫チェックポイント阻害剤の新しいバイオマーカーとなる可能性があると考えています。現在、成果を実用化するための取り組みがすすんでいます。

<謝辞>

   本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の次世代がん医療加速化研究事業(研究代表:金関貴幸)および文部科学省共同利用・共同研究拠点(札幌医科大学免疫プロテオゲノミクス共同研究拠点)の支援をうけて実施されました。

<用語解説>

*1 T細胞
T細胞は免疫細胞であるリンパ球のひとつであり、がん細胞やウイルス感染細胞を除去する中心的な役割を担う。T細胞はペプチドとHLAの複合体をT細胞レセプターで認識し、標的細胞を識別する。そのため通常は正常細胞を攻撃することはなく、がん抗原など異常な抗原を提示する細胞のみを選択的に攻撃する。
 
*2 HLAと抗原
すべての有核細胞は細胞表面にHLAと呼ばれる皿状の分子を発現する。HLAは細胞内で生じた膨大な数のタンパク断片(ペプチド)を提示している。HLAに提示されたペプチド配列あるいはその元となるタンパク配列を抗原と呼ぶ。ペプチド-HLA複合体はTリンパ球による免疫監視(スクリーニング)の対象となっている。
 
*3 ヒト内在性レトロウイルス(human endogenous retrovirus, hERV)
進化の過程においてヒトゲノム内にとりこまれたレトロウイルスに由来する配列。ヒトゲノムの8%前後をも占める。これら遺伝子の意義・役割はよくわかっていない。
 
*4 免疫プロテオゲノミクス
リンパ球など免疫細胞と標的細胞に特化したプロテオゲノミクス解析を免疫プロテオゲノミクスと呼んでいる。HLA提示ペプチドーム(免疫ペプチドーム)の網羅解析はそのひとつであり、非翻訳領域に由来する抗原ペプチドなど、従来法では検出できない配列を解読することができる。
 

<論文発表>

表紙
JCI Insight誌 (2023年8月22日米国東部時間)
 公表雑誌:
JCI Insight (2023年8月22日米国東部時間)
 
論文名:
Proteogenomic identification of an immunogenic antigen derived from human endogenous retrovirus in renal cell carcinoma
 
著者:
Shin Kobayashi¹,², Serina Tokita¹,³, Keigo Moniwa¹,⁴, Katsuyuki Kitahara⁵, Hiromichi Iuchi⁶, Kazuhiko Matsuo⁷, Hidehiro Kakizaki², Takayuki Kanaseki¹,³,⁸*, Toshihiko Torigoe¹,³,⁸
 
1 Department of Pathology, Sapporo Medical University, Japan
2 Department of Renal and Urologic Surgery, Asahikawa Medical University, Japan
3 Joint Research Center for Immunoproteogenomics, Sapporo Medical University, Japan
4 Department of Respiratory Medicine and Allergology, Sapporo Medical University, Japan
5 JR Sapporo Hospital, Sapporo, Japan
6 Hokushinkai Megumino Hospital, Eniwa, Japan
7 Sapporo Clinical Laboratory, Sapporo, Japan
8 These authors jointly supervised this work
* Corresponding author
 

<本件に関するお問い合わせ先>

所属・職・氏名:札幌医科大学病理学第一講座 金関貴幸、鳥越俊彦
TEL: 011-611-2111(内線49981)  
E-メール: kanaseki☆sapmed.ac.jp(☆を@に変えてください)
 

発行日:

情報発信元
  • 札幌医科大学病理学第一講座