札医大の研究室から(15) 松村博文教授に聞く(十勝毎日新聞・札幌医科大学 包括連携協定事業)
「ホモ・サピエンス」がどのように地球上に広がり、文化を根付かせていったかということは、現代を生きる日本人をはじめ多くの人々にとって興味深いテーマとして長らく注目を集めている。また、その分布の過程や地域ごとの文化の違い、疾患の傾向に至るまでさまざまなことが分かってきた。専門に研究を続ける、保健医療学部理学療法学科の松村博文教授に話を聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)
松村博文(まつむら・ひろふみ)
1959年兵庫県生まれ。84年北海道大学理学部地質鉱物学科卒業。88年東京大学理学系研究科修士課程(人類学)修了、理学博士取得。国立科学博物館人類研究部主任研究官。2002年札幌医科大学医学部解剖学講座を経て、14年から現職。
札医大の研究室から(15) 松村博文教授に聞く 2017/12/08
浅利: 「ホモ・サピエンス」はどのように地球上に広がっていったのか。
松村: ホモ・サピエンスは、約15万年前にアフリカ大陸で誕生した。しかし、すぐに広がったわけではなく、先にホモ・エレクトスという原人がいた。彼らは約7万年前にインドネシアで起きた大規模な火山噴火で絶滅。後続のホモ・サピエンスは寒冷期を経て、5万年前ころユーラシア大陸全域に一気に広がっていったとされている。
浅利: その後、人類はどのように分かれていったのか。
松村: さまざまな身体の特徴を持った人種が生まれているが、もともとはホモ・サピエンスという同じ設計図でスタートしている。
なぜ、住む地域によって顔や体つきが変わったのかを説明するには、大きく3つの要素がある。どれも寒冷な地域に生息するものの特徴として、①蓄熱効果を持つため身体が大きくなる「ベルグマンの法則」②体表面積を小さくするため突出部が小さくなる「アレンの法則」③紫外線を積極的に取り込むためメラニンが少なく薄い体色になる「グロージャーの規則」—によって説明できる。住む地域の気候によって人間の外見的特徴が変わることを知らないと、無知からの人種差別が生まれることになる。
浅利: 日本では「縄文人」と「弥生人」という祖先が知られているが、どのような系譜なのか。
松村: 80種類の頭蓋骨などの骨格から人種のルーツを調べて分かったことだが、大まかに「縄文人」の祖先はユーラシア大陸南側の温暖な地域で暮らし、手足が長く彫りの深い顔立ち。「弥生人」の祖先はもともと北側の寒冷な地域で暮らし、手足が短く平坦な顔立ちが特徴だ。
現在の日本人は北方寒冷型の弥生人の流れをくむことが多いとされるが、アイヌ民族や東北地方には縄文人の特徴が比較的濃くみられたり、西日本では弥生人の特徴が強い傾向にあったり。気候の影響で古代の稲作民がどこまで広がっていたかによって、混血に地域差があると考えられている。
浅利: 医学の観点では、発掘された頭蓋骨などからどんなことが分かるのか。
松村: 疾患については、梅毒や伝染病、感染症がいつ、どのように広がったのかなどが分かっている。例えば結核は3世紀から5世紀の古墳時代にユーラシア大陸からもたらされたとか、梅毒は江戸時代の男性で5人に1人が掛かっていたことが推測されている。
浅利: 十勝の住民に向けて。
松村: 日常、われわれの意識や医学の世界でも、人類の「進化」について意識されることは少ない。しかし、たどってきた過去の歴史は遺伝子に深く刻み込まれている。それらを理解することで、例えば少子化はなぜ起こるのか、などといった、未来の諸問題への解決の「手掛かり」を得ることができる。
ホモ・サピエンスの寿命が他の生物に比べて長いのは、頭の部分が未熟な状態で生まれるので、子の成長に付き添うために、親が長く生きる必要があるからとか、老人が孫の面倒を見る役割を持つなど、独自の特徴がある。それらを知ることで、違った解決方法も見出せると思う。