札医大の研究室から(4) 遺伝医学 櫻井教授に聞く(十勝毎日新聞・札幌医科大学 包括連携協定事業)

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櫻井 晃洋(さくらい・あきひろ)
 
 1959年新潟県生まれ。84年新潟大学医学部卒業。87年米国シカゴ大学甲状腺研究部、94年信州大学医学部老年医学講座助手、2003年同社会予防医学講座遺伝医学分野助(准)教授を経て、2013年から現職。

札医大の研究室から(4) 遺伝医学 櫻井教授に聞く 2017/1/13

 遺伝子や遺伝がもたらす病気への影響について研究する「遺伝医学」。札幌医科大学では専門の遺伝外来があり、多くの人が気軽に相談することができる。
 遺伝といえば、揺るがしがたい決定的要素のように思いがちだが、実際はどんな研究なのか。遺伝医学の櫻井晃洋教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

浅利:遺伝医学とは具体的にどんなものか。

櫻井:人の体の特質や特徴が、世代を超えて伝えられていくメカニズムを究明する"タテ"の面と、人は一人ひとり皆違うという多様性の理由を遺伝子のレベルで明らかにする"ヨコ"の面の両方を究明するものだと定義づけている。

浅利:遺伝要因はどのくらい私たちの健康に影響するのか。

櫻井:すべての病気や健康状態には、生まれつきの体質(遺伝要因)、生活習慣や環境(環境要因)、加齢(時間要因)という3つの要素が影響する。遺伝要因だけで発病する病気もあるし、中毒や事故のようにほぼ環境要因だけが関係するものもある。実際には遺伝要因がまったく関係しない病気はほとんどない。ただ、その割合や医療として関与できる程度は病気によってさまざま。
 たとえば、患者数の多い高血圧や糖尿病でも、同じような食生活や運動習慣、塩分摂取を続けても病気になる人もならない人もいる。そこは、それぞれがもつ遺伝要因が影響しているが、その部分に医療として介入できるかといえば、そこまではまだできない。

浅利:では、医療として有効なのはどういった場面か。

櫻井:遺伝要因の関与が大きい、いわゆる遺伝性の病気の中には、遺伝子の情報によって診断が確定するものもや治療方針が決まるものが増えてきた。たとえば、年間約9万人が発症する乳がん患者のうちの5%は遺伝性の体質が原因で発症しているとされている。遺伝性であることが分かった場合には術式の選択や放射線治療の是非、さらに最近では発症前の予防的乳房切除なども考慮されるようになっている。また、遺伝性疾患では兄弟姉妹や子どもなども同じ体質を持っている可能性があり、遺伝子の情報をもとに血縁者の病気の早期発見や早期治療、あるいは予防的治療も可能になる。

浅利:遺伝子や遺伝的要素は人にとって決定的なものというイメージを持つが。

櫻井:むしろ私たちの健康状態や体質、能力などで遺伝要因が関与する程度は、多くの人が考えているよりも小さい、人は遺伝子だけでは決まらない、ということを強調したい。最近はインターネットなどで手軽に病気のなりやすさや体質を調べるという遺伝子検査サービスが増えているが、科学的根拠は極めて乏しく、占いと大して違わない。
 われわれ社会の認識として「人はみな違い、だからこそ一人ひとりは唯一のものとして尊重されなければならない」という価値観を共有することが大前提。多様性の一側面として遺伝性の病気がある、というフラットな受け止め方が大切だと思う。

浅利:最後に、十勝の読者に向けて。

櫻井:すべての人は例外なく数十の遺伝性の病気の要因を持っており、決して特別なものではない。とはいえ、ひとたび当事者になれば戸惑いや心配を抱くのは当然のこと。遺伝に関してはまだ誤解も多い。どんな些細なことでも良いので、一人で悩みを抱えず専門の外来で正しい知識を得てほしい。私たちの遺伝外来は、心配ごとのお手伝いをするところ。気軽に専用ダイヤル(011-688-9690)に電話をして頂きたいと思う。

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