札医大の研究室から(3) 長峯教授に聞く(十勝毎日新聞・札幌医科大学 包括連携協定事業)
長峯 隆(ながみね・たかし)
1957年鹿児島県生まれ。82年京都大学医学部卒業。90年同大医学研究科脳統御医科学系脳病態生理学講座助手、2000年同附属高次脳機能総合研究センター臨床脳生理学領域助手、01年同附属高次脳機能総合研究センター臨床脳生理学領域准教授を経て、08年から現職。
札医大の研究室から(3) 長峯教授に聞く 2016/12/09
たくさん人がいる中で、自分の名前を呼ばれた際にそこだけは認識できるのに、他の会話の内容は入ってこない—。
パーティー会場にいる状態になぞらえて「カクテルパーティー効果」と呼ばれる、人間の持つこうした能力について研究する医学部神経科学講座の長峯隆教授に話を聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)
浅利:カクテルパーティー効果とは、どういった仕組みで起きているのか。
長峯:私たちは、読書をする際に点として注視する周りの10文字程度は認識できるとされている。聴覚も同様で、たとえば左に意識を向けている時は、自然と右への注意が散漫になっている。つまり、注意をどこに当てるかを意識的に制御することができる。
浅利:音に関して、脳内では何が起きているのか。
長峯:左右両耳で同時に聞いているとき、人はあまりどちらの耳から入るかを意識していない。ところが、パーティー会場で左と右から別々の会話が入ってきた場合、注意を向けた特定の会話に集中して他は無視するように脳の聴覚野で調整を行っている。私自身も実験の被験者となり実感したが、はっきり自覚できる場合もあるし、無意識の領域で必要なものとそうでない情報を切り分けていることもある。
浅利:いくつくらいのことに注意を払えるのか。
長峯:通常、それぞれの耳で2つずつの情報を把握できるとされている。よく、聖徳太子が10人の話を一度に聞いたという説話があるが、実際オーケストラの指揮者はすべての楽器の音を同時に聞き分けられるという通り、意識を傾けていれば、人間はかなりの音に対して別々に反応できることが分かっている。
浅利:注意を向けていない部分はどう扱っているのか。
長峯:われわれは日常生活で、外部環境の状態について浅く広く情報を受け取っているが、特に意識しているわけではない。しかし、歩いていて突然横から大きな音がしたら、とっさに振り向く。特に注意していなくても、突然不意に起こる変化に無意識に反応できる。これは受動的注意と呼ばれる。人間が持つ生体防御能力のひとつといえる。
浅利:能力の個人差や、訓練で向上の可能性はあるか。
長峯:ひとつのことに集中しやすい人、全体に注意が行きがちな人というように個人の傾向はあるが、誰しも"注意の焦点化"や"情報の選択化"を脳の中で行っている。今ある能力をさらに上げる目的については賛否両論あるが、失われた能力の回復や、危険を察知する能力を身につけるという意味で、解明された脳の仕組みを応用することはできるのではないか。
浅利:最後に、十勝の読者に向けて。
長峯:われわれが研究しているのは、人が体感できることが、脳の中でどのように行われているのかということ。脳を含め、人の機能は千差万別。たとえば脳外科手術をする際の手がかりとして、その個性を司る仕組みに極力近づくことで治療の手かがりにもしようとしている。気になることがあれば是非訪ねて頂きたいし、私たちが出向いて説明する機会もあればと思う。