札医大の研究室から(49) 堀尾嘉幸教授に聞く(十勝毎日新聞・札幌医科大学 包括連携協定事業)
筋力が次第に衰えていく遺伝性疾患、筋ジストロフィー。現在はまだ確実な治療法がない。札幌医科大学では症状の進行を抑制する機能を持つ長寿遺伝子(サーチュイン)に関する研究を進め、昨年11月には患者に対し治療研究を実施した結果を発表した。その内容について医学部薬理学講座の堀尾嘉幸教授に聞いた。(聞き手・安藤有紀)
堀尾嘉幸(ほりお・よしゆき)
1955年大阪府生まれ。81年弘前大学医学部卒業、85年大阪大学大学院医学研究科修了。88年米国スタンフォード大学客員教授、アボット研究所研究員。大阪大学医学部薬理学第2講座講師、同医学部薬理学第2講座助(准)教授を経て、99年札幌医科大学医学部薬理学講座教授。2014~18年同医学部長、18~21年同産学地域連携センター長。
札医大の研究室から(49) 堀尾嘉幸教授に聞く 2021/02/27
安藤:これまでの研究の経緯は。
堀尾:長寿遺伝子の一つ「SIRT1(サートワン)」の研究に10年以上前から取り組んできた。SIRT1には細胞生存を促す働きがある。研究の中で、ブドウや赤ワインに含まれるポリフェノール「レスベラトロール」がSIRT1を活性化させ筋細胞死を抑制することを明らかにし、動物モデルの筋ジストロフィーに有効であることを2011年に世界で初めて報告した。
安藤:今回の研究の概要は。
堀尾:小児科学講座が中心となり、レスベラトロールが筋ジストロフィーの患者に有効かどうかを調べた。患者は12歳から46歳までの計11人、このうち5人がデュシャンヌ型、4人がベッカー型、2人が福山型。レスベラトロールを服用してもらい、作用と副作用を計6カ月間調べ、理学療法学第1講座の協力を得て運動機能も測定した。
安藤:研究の結果は。
堀尾:レスベラトロールを6カ月連続投与すると、総運動機能が10%上昇した。筋力についても、2種類の筋力測定項目で有意な増加が観察され、肩を上げる力(11人中10人で測定)では平均して2倍の筋力増加、腕を上げる力(5人測定)でも約2倍の筋力増加が見られた。このような運動機能の向上、筋力増加はこれまでの治療法では見られたことがない。
副作用については一部の患者で一時的に腹痛と下痢が認められ、レスベラトロールの投与量を減らすと回復した。
安藤:研究意義と今後の課題は。
堀尾:レスベラトロール投与により明らかな筋力向上と運動機能の改善が見られたのは大きな意義。加えて、タイプの異なる患者、均一の病態ではない患者でも有効性が確認されたことは、レスベラトロールがさまざまなタイプの筋ジストロフィーに効くことを示すと考えている。
今回服用したレスベラトロールは健康食品として市販されているものだが、治療薬として認められるにはさらに多くの臨床研究を行い、今回同様の結果を得ることが必要。健康保険も使える治療薬として開発・認可されることが患者のメリットになる。
安藤:十勝住民へのメッセージを。
堀尾:現代の医学でも治療できない、治療法が限られている病気はまだ多くあり、治療法の確立には研究しかない。私どもは今後も地域の医療を支える人材を育成し、研究で医学を進歩させ社会に貢献していく。北海道で行われる研究が医学の発展に寄与できる可能性があることを知っていただき、次の臨床研究では十勝在住の患者さんにも協力をお願いしたい。