【北海道大学・本学医学部免疫・リウマチ内科 共同研究発表】中枢神経系免疫担当細胞の活性化に関わる分子を発見 ~全身性エリテマトーデスにおける精神神経症状への新規治療薬開発に期待~

ポイント

・中枢神経の免疫担当細胞であるミクログリアの活性化に関わる分子を発見。
・サイトカインにより活性化したミクログリアが神経障害を誘導することを解明。
・難治性疾患である精神神経ループス診療の進展に期待。

 【概要】  
 北海道大学大学院医学研究院の渥美達也教授、河野通仁助教らの研究グループは、札幌医科大学医学部免疫・リウマチ内科学の神田真聡講師と共同で、全身性エリテマトーデス(SLE)*1モデルマウスにおいて、中枢神経系の免疫担当細胞であるミクログリア*2の活性化により神経細胞が障害され、認知機能障害を引き起こす分子機構を解明しました。
多彩な臓器障害を呈する自己免疫疾患であるSLEは、患者の20-40%に気分障害や認知機能障害などの精神神経ループス(NPSLE)を合併します。NPSLEはSLEの中でも最も重症な病態ですが、その病態については未だ不明でした。研究グループはミクログリアに着目し、SLEモデルマウスを用いてその病態のメカニズムを検証しました。
 SLEモデルマウスでは正常マウスと比較して空間作業記憶、視覚的認知記憶の低下を認め、脳組織ではミクログリアの異常活性化と神経細胞障害が認められました。培養したミクログリアをサイトカインで刺激したところSLEモデルマウスのミクログリアと同様の活性化を認め、これらのミクログリアの活性化にはIκBキナーゼ*3イプシロン(IKBKE)が関与していました。IKBKE阻害薬の投与によりミクログリアの活性化は抑制され、モデルマウスの記憶障害も改善しました。これらの結果から、IKBKEを標的としたミクログリア活性化の抑制がNPSLEの新規治療となる可能性があります。
なお、本研究成果は、日本時間2022年9月13日(火)午後10時公開のArthritis & Rheumatology誌に掲載される予定です。
図1

SLEモデルマウスにおけるミクログリアの活性化を介した精神神経症状の発症機序。
MRL/lprのミクログリアでは、サイトカイン刺激によりIKBKEが亢進し、NFκBやIRFの核内移行による遺伝子転写の促進及び解糖系の促進により活性化していた。
活性化したミクログリアにより生じた神経障害がモデルマウスの精神神経症状を引き起こすことが推測される。
 【背景】
 SLEは多臓器に障害を引き起こし多彩な症状を呈する自己免疫疾患で、中でもNPSLEは気分障害や認知機能障害、精神病性障害を呈するSLEの最も重症な病態です。その発症の機序は脳内の血管障害や神経細胞に対する自己抗体の産生、サイトカイン*4等の炎症性メディエーター産生などが想定されていましたが、詳細な病態に関しては不明でした。
近年、中枢神経の常在マクロファージで、免疫担当細胞であるミクログリアがNPSLEの病態に関与していることが示唆されており、研究グループはミクログリアに着目してNPSLEの病態解明と新規治療標的の発見を目的とし、SLEモデルマウスを用いて検証を行いました。

【研究手法】
 本研究は、SLEモデルマウスであるMRL/lprマウスを用いて行いました。MRL/lprマウスと対照マウスで行動試験を施行し、認知機能評価を行うとともに、海馬のミクログリア活性化、神経細胞障害について評価しました。さらにモデルマウスからミクログリアを採取し、網羅的遺伝子解析を行うことにより、活性化に関わる分子の検索を行いました。そして、その分子に対する阻害薬を投与し、行動試験、ミクログリアの活性化について評価を行いました。

【研究成果】

 解析の結果、MRL/lprマウスでは対照マウスと比較して空間記憶や物体認識記憶の低下を認めました。対照マウスと比較してMRL/lprマウスのミクログリアは活性化し、同時に神経細胞障害を呈していました。また、ミクログリアの活性化にはサイトカインの関与が示唆されたため、マウスから採取して培養したミクログリアをサイトカインで刺激したところ、生体内のミクログリアと同様の活性化を示しました。
 これらのミクログリアの網羅的遺伝子解析により、ミクログリアの活性化にかかわる因子としてIKBKEを同定しました。IKBKEはNFκB*5やインターフェロン制御因子、また解糖系の促進を介してミクログリアの活性化に関与しており(p1図)、脳室内へIKBKE阻害薬の投与によりミクログリアの活性化及び神経細胞障害は抑制され、モデルマウスの認知機能障害は改善しました。

【今後への期待】

 本研究の成果により、SLE患者において、中枢神経症状に対する特異的治療としてIKBKEを阻害する治療方法が有効であることが示唆されたため、今後の新たな治療法開発が期待されます。

【謝辞】

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)による科学研究費助成事業(19K17900、21K1628001)、GSKジャパン研究助成2018、秋山記念生命科学振興財団、横山臨床薬理研究助成基金、金原一郎記念医学医療振興財団、寿原記念財団、かなえ医薬振興財団、日本リウマチ財団、上原記念生命科学財団、興和生命科学振興財団、iPSアカデミアジャパン株式会社、テルモ生命科学振興財団からの助成を受けて実施されました。

論文情報

 
論文名 Inhibitor of nuclear factor kappa-B kinase epsilon contributes to neuropsychiatric
                  manifestations in lupus-prone mice through microglial activation 
                  (IKBKEはミクログリアの活性化を介してループスモデルマウスの精神神経症状に関与する)
著者名 狩野皓平1、河野通仁1*、竹山脩平1、工藤友喜1、神田真聡2、阿部靖矢1、麻生邦之1、藤枝雄一郎1、
              加藤 将1、奥 健志1、Amengual Olga1、渥美達也1
                (1北海道大学大学院医学研究院免疫代謝内科学教室、2札幌医科大学医学部免疫・リウマチ内科学)(*責任著者)
雑誌名 Arthritis & Rheumatology(アメリカの医学の専門誌)
DOI      10.1002/art.42352
公表日 日本時間2022年9月13日(火)午後10時(米国東部標準時(夏)2022年9月13日(火)午前9時)(オンライン公開)
 

 【用語解説】
*1 全身性エリテマトーデス(SLE) … 20-40歳台の女性に好発し、全身の臓器に炎症や障害を起こす自己免疫疾患。皮膚、関節、腎、神経、心、血管など様々な臓器障害による多彩な臨床症状を呈する。
*2 ミクログリア … 中枢神経系に存在する組織マクロファージであり、中枢神経系における全細胞の10-20%程度を占める。免疫細胞として組織内を監視し、組織傷害や感染に伴って、炎症性サイトカインや活性酸素を産生する。
*3 IκBキナーゼ … 炎症反応の伝搬に関与する酵素。転写因子であるNFκBを抑制するIκBαタンパク質をリン酸化することで、NFκBを遊離させることにより遺伝子の転写を活性化する。
*4 サイトカイン … 細胞から分泌される低分子の生理活性タンパク質の総称。細胞間相互作用に関与する。インターロイキン、インターフェロン、腫瘍壊死因子などに分類される。
*5 NFκB … 転写因子として働くタンパク質複合体のこと。免疫反応において中心的役割を果たし、炎症反応などに関与している。



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情報発信元
  • 札幌医科大学経営企画課企画広報係