【研究成果】長寿遺伝子SIRT1(サーチュイン)が筋の細胞膜修復に働くことを発見!~筋ジストロフィー治療の研究に光明~

 
札幌医科大学医学部薬理学講座の堀尾 嘉幸教授らの研究グループは、長寿遺伝子サーチュイン(SIRT1)が細胞膜の破れた穴を塞ぐ働きをすることをつきとめました。
この研究成果は、国際科学雑誌PLoS ONE に、2019 年6 月26日午後 2 時(米国東部時間)にオンライン版で発表されます。

<研究のポイント>
(1) 筋肉の収縮・弛緩に伴い、筋の細胞膜は常に損傷と修復が行われています。
(2) 破れた細胞膜の穴を塞いで元に戻す膜修復機構がありますが、そのメカニズムはよくわかっていません。
(3) SIRT1は酵母の寿命を延ばす働きをするSir2の仲間で、活性化すると筋ジストロフィーがよくなることを私たちは報告してきました。今回、骨格筋でSIRT1を失くしたノックアウトマウスを作ったところ、このマウスは筋ジストロフィーに似た症状を示し、正常なマウスに比べて筋力が弱く運動持久力がないことがわかりました。さらに、無理に運動させると筋が壊れてしまうことがわかりました。また、骨格筋ではSIRT1が細胞膜直下に存在することもわかりました。
(4) そこで、SIRT1が細胞膜修復に関与するのではないかと考え、レーザー光を使って生きた筋細胞の細胞膜に穴を開けて、穴の修復過程を動画で詳細に観察する方法を作りました。この方法で観察したところ、正常の細胞では細胞膜に穴を開けると穴の直下にべジクル(小胞)が集積してきて、穴を覆い膜は素早く修復されました。ところが、SIRT1を働かなくさせるとべジクルが穴の近くに集まらず膜修復が起きませんでした。
(5) 筋ジストロフィーでは筋細胞膜が脆弱であることが知られています。SIRT1の活性化が筋ジストロフィーの症状を良くしますが、今回の研究からSIRT1活性化による筋ジストロフィーの治療効果に細胞膜の修復機構も関与する可能性が考えられました。

説明図
 <研究の背景、実施期間など>
SIRT1は、酵母や線虫などで寿命を延ばす働きをするSir2(長寿遺伝子)の仲間で、ヒトでも細胞の生存を促す働きがあります。SIRT1は体のいろいろなタンパク質を脱アセチル化することによって機能を調節しています。これまでに、私たちはポリフェノールの1つであるレスベラトロールがSIRT1活性化を介して筋ジストロフィーマウスの筋力を増強し、持久力を増し、筋の崩壊を抑えることを示してきました。また、他の研究グループもSIRT1活性化剤に筋ジストロフィーをよくする働きがあることを報告しました。しかし、なぜ、SIRT1が筋ジストロフィーをよくするかについては不明な点がありました。
今回の研究ではSIRT1を骨格筋のみでノックアウトしたネズミを使い、SIRT1が骨格筋の筋力や持久力の維持に必要で、SIRT1がなくなると筋が壊れやすくなることを見出しました。
これまでの研究の中で、私たちはSIRT1が細胞膜の形を変える作用をもつことを示し、筋肉ではSIRT1が細胞膜の直下に多いことも併せて、SIRT1が直接に細胞膜の損傷と修復のメカニズムに関与するのではないかと考えました。そこで、動画で生きた細胞の細胞膜の損傷・修復の過程を顕微鏡観察する仕組みを作りました。
正常な細胞や筋では膜が損傷されると、穴の直下に細胞内べジクル(小胞)が集まってきて穴をドーム状の膜構造物で覆い、数分以内に穴は閉じられました。ところが、SIRT1を働かなくすると、細胞内べジクルが集まらず、ドーム状の構造物が形成されず、穴は閉じないことが今回の研究で分かりました。

<今後への期待>
細胞膜に開いた穴を修復する機構は私たちの体の細胞すべてに備わっていて、特に、収縮と弛緩が繰り返される筋肉では膜は絶えず破断されるため、膜修復機構は筋の維持にきわめて大切です。ところが、膜の修復についての研究は大変少なく、これまでに膜修復に関与するタンパク質の遺伝的な欠損が筋ジストロフィーの原因となることがわかっていましたが、その調節機構についてはほとんどわかっていませんでした。今回の研究によりSIRT1が穴の修復に必要であることが初めてわかり、穴の修復に調節機構がある可能性が示されました。
また、SIRT1を活性化させると筋ジストロフィーがよくなりますが、そのメカニズムに膜修復が関与している可能性が考えられました。
SIRT1はいくつもタンパク質の調節を介して細胞の生存を図ることが知られていました。今回の研究で初めてSIRT1による細胞生存メカニズムの1つに膜修復があることがわかりました。今後はどのようにSIRT1が膜修復に関与するかを詳細に調べ、まだわかっていない膜修復機構を解明することに貢献したいと考えています。

<本件の発表論文>
Fujiwara D, Iwahara N, Sebori R, Hosoda R, Shimohama S, Kuno A, Horio Y. SIRT1 deficiency interferes with membrane resealing after cell membrane injury.
PLoS One. 2019 Jun 26;14(6):e0218329. doi: 10.1371/journal.pone.0218329. eCollection 2019.
PMID:31242212
<本研究に関するお問い合わせ先>
札幌医科大学医学部・薬理学講座・教授・堀尾 嘉幸
TEL:011-611-2111 ex 27200 E-メール:horio@sapmed.ac.jp 
 

発行日:

情報発信元
  • 札幌医科大学医学部・薬理学講座