本学医学部解剖学第一講座の市川量一准教授の研究グループが米国神経学会機関誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されました

本学医学部解剖学第一講座の市川量一准教授(6月1日より昇任)は北海道大学大学院、新潟大学大学院との共同研究により、その成果を北米神経科学学会の公式機関誌である「The Journal of Neuroscience」に発表しました。
この研究成果は、損傷後の再生がおこりにくいとされてきた中枢神経の中で例外的におこる、「小脳の平行線維→プルキンエ細胞のシナプス構築の再生のメカニズム」を、分子的側面を含め超微形態的に解明しました。今後、その知見を基にした中枢神経の再生可能にするパラダイムの開発に大きな期待が持たれています。
- 掲載誌:
The Journal of Neuroscience, official journal of Society for neuroscience, 36巻17号:4846-4858ページ, 2016, Apr 27
- 発表者:医学部解剖学第一講座 市川量一 准教授の研究チーム
- 掲載論文タイトル:
GluD2 Endows Parallel Fiber-Purkinje Cell Synapses with a High Regenerative Capacity:
{和訳}グルタミン酸受容体δ2型は高い再生度で平行線維シナプスの再形成を成し遂げる
詳細は、以下の研究成果の内容をご覧ください。
(HPからの掲載文・画像の無断転載、引用禁止)
- 中枢神経では、一度障害を受けると、神経細胞と神経細胞のシナプス結合が適切に再生することが困難である、とされています。それが機能回復の障害となっております。
- 例外として、中枢神経の一部である小脳の顆粒細胞の軸索(平行線維)→プルキンエ細胞との間にシナプス(平行線維シナプス)があります。そこでは損傷されてもシナプス結合が再生される、と報告されてきました。
- プルキンエ細胞では、情報の受け手である樹状突起上で特徴的なシナプス分布がみられます。樹状突起の細胞体に近い部位(近位部)では下オリーブ核に分布する神経細胞の軸索(登上線維)の中の一本だけが枝分れして多数のシナプスを形成します。遠位部では十万個の顆粒細胞から伸びる軸索(平行線維)が樹状突起遠位部にシナプスを形成します。
- プルキンエ細胞上のシナプス分布の規則性が破られると、精緻で円滑な運動機能を喪失します。
- 小脳の平行線維シナプスのシナプス後部(プルキンエ細胞側)にはグルタミン酸受容体δ2型(GluD2)が特異的に発現しており、平行線維シナプスの形成、維持、強化に大きな役割を果たし、プルキンエ細胞の特徴的なシナプス分布の形成にも大きく貢献しています。
- 我々は、その平行線維シナプス再生の機構を形態学的な面から追跡すると同時に、GluD2の再生における役割を調べました。
<研究の方法と結果>
- 野生型マウスの小脳の表面に矢状断方向にナイフで割面を加え、平行線維に障害を加えました。
- 障害後1日、7日、30日にそれぞれプルキンエ細胞を対象として、1個のプルキンエ細胞あたり千数百枚の連続電子顕微鏡切片を作製し、樹状突起の基部から先端までの登上線維シナプスと平行線維シナプスを1つずつ同定し、シナプス回路を立体再構築しました。
- 平行線維シナプス再生は、概ね障害後1日前後のdegenerative phases(平行線維の量が低下し、入力線維を失った自由スパインが出現し、平行線維シナプスの量も低下している)。障害後7日前後のhypertrophic phases(平行線維の量の低下は持続、自由スパインは消失、平行線維シナプスの量は復活), 30日後でみられるremodeling phases(平行線維の量は復活、平行線維シナプスの量は維持、それらのことは平行線維シナプスの改変を示唆)の3つの位相を経由することによりなされることを明らかにしました。
- GluD2の平行線維シナプス再生に対する役割を調べるために、GluD2の遺伝子欠損マウスについても同様の調査をおこないました。
- GluD2遺伝子欠損マウスでは、平行線維に障害を加えた後30日が経過しても、degenerative phasesのままであり、hypertrophic phases移行できない状態でした。
- 平行線維シナプス再生は、degenerative phase, hypertrophic phase, remodeling phaseの3つの位相からなることを示すとともに、degenerative phaseからhypertrophic phaseに移行する際にGluD2が必要不可欠であることを明らかにしました。
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<図1>平行線維に加えた障害。A,(マウス)の小脳にやや斜めに矢状断の2本の深さ約500μmの割面を加えました。B,前額断像、プルキンエ細胞(Calbindinで緑色に発色)、平行線維(VGluT1で赤色に発色)C,Bにある四角の拡大像。切断面を示します。矢頭間には染色された線維は消失し、平行線維は切断面を越えていないことを示しています。Scale bars: B,500μm;C,100μm.
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<図2>障害にともなう平行線維の形態変化。野生型マウスA (対照), B (障害後7日), C (障害後30日), グルタミン酸受容体δ2型遺伝子欠損マウス(マウス) D (対照), E (障害後7日), F (障害後30日), 障害後平行線維の走行に乱れが生じています。Scale bars: 10 μm.
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<図3>シナプス、スパインの超微形態像(電子顕微鏡を用いる)A,DABで濃染する登上線維とそのシナプス(矢頭間)。B,平行線維シナプス(矢頭間)。C,SPはシナプスを作らないスパイン。D,金コロイドで標識された抑制性線維とそのシナプス(矢頭間)。E-H障害にともなう登上線維シナプスと平行線維シナプスと自由スパインのプルキンエ細胞樹状突起上での分布変化(電子顕微鏡から得た像を基に3次元再構築した)。
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<図4>平行線維に障害を加えた後のプルキンエ細胞へのシナプス分布の変化を示す摸式図。上段が野生型マウス、下段がグルタミン酸受容体δ2型欠損マウス。
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<図4>野生型マウスでは、degenerative phases。hypertrophic phases, remodeling phasesの3つの位相を経由しシナプスが再形成されるのに対し、グルタミン酸受容体δ2型欠損マウスでは、障害後30日が過ぎてもdegenerative phasesのままである。