第2回セミナー

2022年5月9日(16時30分〜18時)に開催しました。 

講演1

医療系倫理委員会の種類と研究倫理の最新動向
演者:旗手 俊彦(法学・社会学)

 倫理委員会という語を聞いたときには、多くの者は一研究機関あるいは一医療機関に基本的には一つが設置運営されているというイメージを持つであろう。しかし、現実には、一定規模の機関であれば、複数の倫理委員会を設置運営している場合が少なくない。そしてこの二つとは、役割ばかりかルーツも異なるのである。
 その一つが、臨床倫理委員会あるいは病院倫理委員会である。この委員会は、終末期医療の在り方は、医療者の提案する医療と患者の希望する医療が異なった場合の意思決定支援、あるいは、近年では各種虐待が疑われる患者の処遇について当該施設としてとるべき措置を検討・決定する委員会である。この臨床倫理委員会に関しては、設置・運営の根拠となる
法令はとくに存在していないが、公益財団法人日本医療機能評価機構の病院機能評価の基準の一つとして、倫理的な意思決定方法が整っていることが挙げられており、これに対応して、多くの医療機関では臨床倫理委員会が設置・運営されている。
 二つ目は、研究倫理委員会で、機関によっては、IRB(Institutional Review Board)や倫理審査委員会という名称を使用している場合もある。この類型は、文字どおり、基礎研究および臨床研究の倫理性と科学性に関して審査する。根拠となる法令・指針に関しては、新薬の臨床試験、すなわち治験に関しては、いわゆるGCP(Good Clinical Practice)、治験以外の医薬品・医療機器を用いた特定臨床研究に関しては、臨床研究法、それ以外の臨床研究一般に関しては、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」が適用される。
 医療倫理および医療系倫理委員会の運営に関しては、研究倫理の分野を中心に急速高度化している。まずは、いわゆる特定臨床研究に関して、平成30年に臨床研究法が施行され、特定臨床研究の審査には、厚生労働大臣の認証を受けた認定臨床研究審査委員会(Certified Research Board: CRB)の承認が必要とされた。このCRBとは、特に審査能力の高い委員会で、全国に数十程度に絞りこみ、研究審査を全国レベルで集約化し、それによって高度化することを目指している。また、特定臨床研究以外の一般の臨床研究の実施やその審査にあたっても、その根拠となる「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」が頻繁に改正され、その内容が非常に複雑になってきている。この改正にキャッチアップしていくことは必ずしも容易ではない。おそらく一研究機関の研究支援セクションの対応のみではキャッチアップが困難な状況を今日迎えている。
 研究審査に関するこの高度化に対応するために、以下の対応がとられている。その第一は、研究倫理審査専門資格の導入である。国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が主体となり、2018年度より、Certified Research Ethics Committee Professional: CrePという資格制度が導入された。現在、日本で約260名が資格を保持し、所属機関の倫理審査の高度化を図っている。第二は、研究倫理委員会またそれを構成する委員の全国レベルでの研修・情報交換の機会の設定である。年に1回「研究倫理を語る会」が開催され、2022年には第7回を迎えた。これ以外にも、学会年次大会のワークショプや、既存の学会の枠に頼らないアドホックなシンポジウム等が頻繁に開催されるようになっている。
 現在の日本は、このような高度化の波の乗って行ける研究機関とそうではない研究機関とに二極分化しつつある状況下にある。

講演2

大腸がん検診効果のマイクロシミュレーションによる評価
演者:加茂 憲一(数学)

効果的ながん対策のためには,対策がもたらす効果の定量的な予測が重要な情報となる.がん対策効果の試算を目的として構築されたマイクロシミュレーション(MS)を大腸がんに適用した結果を紹介した.大腸がんは日本の部位別で罹患数第一位,死亡第二位という主要ながんである一方で,生活習慣の改善や検診といった介入による予防効果の大きながんでもあり,MSを活用した対策効果を試算する意義が大きい.そこで,様々な大腸がん検診シナリオに基づいたシミュレーションから,その効果を数理的に評価した.
MSは,①自然史モデルの構築,②数理モデルによる再現,③シミュレーションシステムの実装,④キャリブレーション,の4段階を経て構築される.自然史モデルとは発がんの機序を表現するコンパートメントモデルであり,米国のCISNET版を日本版に修正したものを採用した.自然史における状態間のパスに関しては基本的に遷移確率に対する数理モデルを構築する形式で統一した.シミュレーションシステムは統計ソフトRを用いて構築し,キャリブレーションにおいては累積リスクやステージ分布などに関する実データの再現性を検証した.
大腸がんMSを用いて「検診受診率向上による死亡率減少効果」と「検診受診年齢の上限設定がもたらす利益と不利益」に関する結果を紹介した.どちらもFITによる一次スクリーニングと内視鏡による精密検査を考察対象とし,様々なシナリオ設定に基づくシミュレーション結果を踏まえ,予想される検診効果および効果的な介入法の策定において活用できる基礎資料を提示した.その一例として,がん対策推進基本計画に掲げられている目標値「FIT受診率50%&内視鏡受診率90%」が達成されれば,大腸がん死亡率に関して男性で9.4%,女性で6.0%の減少効果が試算された.

参考文献
K.Kamo, K.Fukui, Y.Ito, T.Nakayama, K.Katanoda: How much can screening reduce colorectal cancer mortality in Japan? Scenario-based estimation by microsimulation, Jpn J Clin Oncol, 52(3), 221-226, 2021. (DOI:10.1093/jjco/hyab195)
加茂憲一,福井敬祐,坂本亘,伊藤ゆり: がん対策立案・評価における意思決定に寄与するマイクロシミュレーションの構築:大腸がんを事例に,計量生物学,41(2), 93-115, 2021. (DOI: 10.5691/jjb.41.93)