脊髄損傷診療

脊髄損傷診療

1 脊髄損傷とは
動物の背骨の中央には脊柱管があり、その中に脊髄があります。脊髄は繊細な組織であり、骨によって保護されていますが、脊柱管になんらかの衝撃が加わり、脊髄が傷つくことを「脊髄損傷」といいます。体を動かそうと思った時、脳からの指示は脊髄を通り、手足に伝わります。また物に触れた感触などは末梢の神経から脊髄を介して脳に伝わります。脊髄を損傷すると、脳での指示が筋肉に伝わらず手足の麻痺を生じ、肺や内臓がうまく動かなくなります。
成体哺乳類の中枢神経(脳や脊髄)は損傷を受けると2度と再生しないことがヒポクラテスの時代から知られてきました。スポーツ外傷や交通事故、転落などにより脊髄に損傷を負ってしまうと一生その重みを背負って生活していかなければなりません。日本では、毎年6000人前後が新しく脊髄損傷となっており20万人以上の患者さんが後遺症に苦しんでいるとされています。
近年は高齢化の影響もあり、ちょっとした転倒など軽微な怪我でお年寄りが脊髄損傷となるケースも増えています。介護する側の負担が大きいこともあり、脊髄損傷患者さんの後遺症を少しでも軽減することは世界中の悲願となっています。

2 我々の行っている幹細胞治療
当教室では、本学の神経再生医療学部門 本望修教授・ニプロ株式会社との共同研究による亜急性期脊髄損傷に対する骨髄間葉系細胞(MSC)を用いた再生医療の一般臨床応用を行っております。
動物実験でMSCの脊髄損傷に対する機能回復の効果を十分に評価した上で、ヒトへの有効性・安全性を確認するために、2013年より当学の神経再生医療科と協力しながら受傷直後の頸髄損傷症例に対する医師主導治験を行いました。受傷後31日以内に本人の腸骨(お尻の骨)から骨髄液を採取し、細胞を分離・培養して点滴で全身に投与します(図1)。細胞を投与した後は一般のリハビリテーションを行い、半年後にどれだけ手足の動きが改善したかを評価しました。13例の患者さんに細胞を投与した結果、90%以上の患者さんで四肢の動きの改善を確認することができました。また、治療に伴う重篤な合併症はありませんでした(表1)。この結果を踏まえて、2018年に厚生労働省より本治療が「ステミラック」という商品名の下、保険収載下で行われる一般の診療として製造販売を承認され、市販されることになりました。現在は更に大規模に患者さんに細胞投与を行い、その効果を調査しています。治療開始から2021年8月までに全国から紹介された60例以上の患者さんの転院を受け入れ、当院で再生医療を行い、良好な成績を得ています。
 
図1
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3 MSCの治療メカニズム
同じ性質を維持したまま、細胞自身のコピーを作る能力(自己複製能)と複数の細胞・組織に変化できる能力(多分化能)をもった細胞(幹細胞)を用いて、病気やけがなどで傷ついた組織や臓器を修復し、その機能を回復することを目的とする再生医療は近年盛んに研究が行われています。我々はその中でもMSCに注目し、これまで多くの基礎研究でその治療効果を確認してきました。MSCはヒトの骨髄中に1000個に1個の割合で存在していて、神経やそれを栄養する細胞、骨・軟骨の細胞、血管の細胞、脂肪の細胞などに変化できることが明らかになっています。これまでの研究結果より, MSCが神経疾患に対して治療効果をもたらすメカニズムとしては 以下の効果が推察されています。
(1)投与後早期 : ①MSCが傷ついた神経部位へ集まる作用(ホーミング効果) ②MSCが神経栄養因子を放出することにより傷ついた神経をさらなるダメージから護る、あるいは傷ついた神経周囲の炎症を抑え込む作用(神経保護作用、抗炎症作用)③傷ついて脆くなった周囲の血管を補強し、神経周囲への悪影響を抑え込む作用(血液脳脊髄関門の安定化)
(2)投与後中期 : ④傷ついた神経同士を接続する電線(軸索)の修理(脱髄軸索の再有髄化), ⑤傷ついた組織へ周囲の血管から新たな血管を誘導する、さらにはMSC自身が血管に分化する作用(血管新生), ⑦傷つき断裂した神経の電線(軸索)を接続しなおすために、新たな電線を伸張する作用や健康な組織からの新しい電線のネットワークをつくる作用(神経可塑性の亢進)
(3)投与後晩期 : ⑧傷ついた部位に集積し、定着したMSCが神経系細胞へ分化する作用(神経再生)。
幹細胞を点滴で全身投与することで、傷ついた組織だけでなく、周囲の健康な組織にも細胞が届き、様々なタイミングで治療効果を発揮します。この点が通常の薬物治療と大きく異なる点であり、重要な点であると考えます。

4  実際の治療の流れ
本治療の標準的治療スケジュールは図2の通りです。
患者さんの全身状態を見ながら、血液および骨髄液を採取します。骨髄液は受傷後31日以内に採取することが定められています。
また、並行して各種血液検査・画像権を施行した上で治療担当医師が安全性を考慮して治療の可否について検討いたします。




 
表1
表1 1)より引用・改変 1) Honmou O,et al . Intravenous Infusion of auto serum expanded autologous mesenchymal stem cells in spinal cord injury patients: 13 case series. Clinical Neurology and Neurosurgery 203 (2021) 106565
 * 患者さん及びご家族からの直接の治療申し込みには対応できません。
必ず、入院中の医療機関の主治医に当院への紹介をご依頼下さる様、よろしくお願い致します。

患者さんの紹介を希望される主治医の先生は以下https://web.sapmed.ac.jp/hospital/topics/news/stemirac.htmlのサイトの最下部にある医療機関向け申込フォームを入力の上、送付下さいます様よろしくお願い致します。


担当医師
整形外科 助教 廣田亮介
同診療医    栗原康太
同診療医    福士龍之介
同診療医    小原尚
図2
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