顎変形症

顎変形症とは?

顎骨の発育異常である顎変形症は、顎の変形とともにかみ合わせの異常を伴う疾患です。現在ではこのような方々に対しては、歯科矯正治療と顎の手術を組み合わせることでより良い治療をすることが可能になっています。顎変形症の種類には、上顎前突症・下顎前突症・開咬症・非対称症・上顎後退症(小上顎症)・下顎後退症(小下顎症)などがあります。顎変形症の手術(顎矯正手術)の目的は、かみ合わせを治すことですが、それに付随して口腔の機能や顔貌の変形の改善に対する効果も期待されます。基本的に、成長の終了した、成人を対象とします。顎変形症の矯正治療には、健康保険が適用されます。治療過程は術前矯正、手術、術後矯正と3段階に分かれます。
顎変形症の画像1
下顎前突症
顎変形症の画像2
開咬症
顎変形症の画像3
顔面非対称症
顎変形症の画像4
下顎後退症 (小下顎症)

顎変形症の手術

Le Fort I 型骨切り術

Le Fort I 型骨切り術のイメージイラスト
上顎骨を下鼻道の高さで水平に骨切りし、上顎の骨片を完全に遊離させ、顔貌および咬合状態の理想的な位置に上顎を移動させる手術方法です。
顎変形症の患者さんは多くの場合、上下顎ともに位置異常がみられますので、上顎と下顎を組み合わせて行う手術が多くの割合を占めています。
上顎前突、上顎後退、開咬、顔面非対称などに適用されます。

下顎枝矢状分割術

下顎枝矢状分割術のイメージイラスト
下顎枝を矢状方向に内外の骨片に分割する方法で、骨切離面に広い接触が得られ、術後の安定性が高い手術方法です。下顎枝を筋突起および関節突起を含む近位骨片と下顎体部を含む遠位骨片に分離します。歯列弓を含む骨体部を3次元的に移動することが可能です。
下顎前突、下顎後退、開咬、下顎非対称などに適用されます。

下顎枝垂直骨切り術

下顎枝垂直骨切り術のイメージイラスト
下顎枝を下顎切痕から下顎下縁にかけ、垂直に骨切りする方法。下顎枝を下顎孔の後方で、関節突起を含む近位骨片と筋突起および下顎体部を含む遠位骨片に分離する手術方法です。
軽度の下顎前突、下顎非対称に適用される。
顎関節を解放するので重度の顎関節症に適用されることもあります。

オトガイ形成術

オトガイ形成術のイメージイラスト
オトガイの骨を水平に骨切りし、その骨片移動によるオトガイの位置や形態を修正する手術法です。
オトガイ過長、オトガイ後退(小下顎症)、オトガイ偏位、口唇閉鎖不全症に適用されます。

安全な手術のために

シミュレーションのイメージ画像
3DCTから作成した実体模型を使用した手術シミュレーションを行なってます。

安全で正確な手術のために

口腔内用内視鏡

口腔内用内視鏡の画像
顎矯正手術は口腔内から行います。見えにくい部位が多いので重要な神経や血管の位置を内視鏡で確認しながら安全に手術を進めます。

超音波骨切削器具

超音波骨切削器具の画像
顎変形症手術ではミリ単位の顎骨の移動を行います。当科では骨に負担が少なく、周囲の軟組織や神経、血管を損傷させにくく、正確に骨切りができる超音波切削装置を手術に使用しています。

治療スケジュールの概略

1. 初診時

現在、最もお困りな点をお聞きし、咬み合わせの状況、レントゲン写真での顔面および顎の骨格の状態を把握して、問題点や治療の概略についてお話をします。また、顔面・口腔の写真、歯型採り、CT検査、顎口腔機能検査などを随時行います。すでに矯正歯科に通院して手術前の矯正治療のめどがついている方は手術の日程を決めます。また、これまでにかかった病気や現在治療中の病気についてうかがいます。他の医療機関からもらっているお薬があればすべて担当医・看護師に申し出てください。重度の内科的疾患がある方は顎矯正手術の適応外となる場合があります。

2. 顎矯正手術の準備

全身麻酔での手術を行うにあたって全身状態を調べます。

血液検査、尿検査、胸部レントゲン写真撮影、心電図検査

自己血を準備します。

手術の内容によっては輸血が必要になります。輸血による副作用を軽減するために、手術前に患者さんご自身の血液(自己血)を採血し、保存しておく方法も用いられます。また、輸血の可能性が低い手術でも特に希望される方は自己血を保存しておきます。

その他

顎矯正手術をする前に智歯(親知らず)や小臼歯を抜歯して、術前の準備をする場合があります。虫歯や歯周病は手術後の感染をおこす危険性を高くしますので、手術前に治療が必要になります。

3. 入院から手術まで

原則、月曜日に手術をしますので金曜日に入院していただきます。手術方法は下顎枝矢状(かがくししじょう)分割術が最も多く行われますが、変形の程度により違う手術方法を選択する場合もあります。入院期間はおよそ2週間です。下顎枝矢状分割術の場合は下歯槽神経・血管束が骨切り部位に近接しているため、全体の8割程度の方は下唇やオトガイ皮膚の知覚異常(しびれ、感覚異常など)が出現します。ほとんどの場合は数週間から数か月で改善しますが、1年以上の長期にわたり知覚異常が残存することもあります。通常、輸血を要するほどの出血量はみられませんが、異常出血により出血量が多くなると輸血を行う可能性もあります。過去に数例ですが顔面神経麻痺が出現しています。いずれの場合も一過性で、ステロイド剤などの薬物療法で改善がみられました。

4. 手術後の入院中の生活について

手術の次の日から顎間固定を行います。4〜7日間口を開けることができません。顎間固定中は流動食、固定が外れたらミキサー食を口から摂っていただきます。持続ドレーンチューブは翌日抜去します。顔に包帯を4〜5日間巻きます。術後の腫脹は2〜3日目がピークで1〜2週間で改善されますが、腫脹感は数か月間持続します。疼痛は鎮痛剤(坐薬あるいは経口)でコントロール可能です。術後に神経の知覚異常が出現した場合は、ステロイド剤やビタミン剤を使用することがあります。
術後の感染予防のために、術後5日間ほど抗生物質の点滴を朝晩2回行います。

5. 退院後の通院について

退院後は定期的に経過観察のため外来通院していただき、術後の咬み合わせの状態、レントゲン写真による手術部位、顎関節などの状態の確認、顎口腔機能のチェックを行います。同時に術後の矯正歯科治療で最終的な咬み合わせの調整を行っていきます。

顎変形症 FAQ

1【「かみあわせを直す」と聞くと歯の矯正治療を思い浮かべますが、手術でかみあわせを直すというのはどういうことでしょうか?】

歯の矯正治療では、数ミリの範囲で歯を動かして歯並び(歯列)を整えます。ですが、上下の顎(アゴ)の骨の成長発育がアンバランスな場合ですとか顎の骨に左右のアンバランスがあって変形している場合には、歯並びは整っていても骨の大きさに不調和があるためにかみ合わせがズレています。こういった歯並びの矯正治療だけでは正常のかみ合わせを作れないくらいのアゴの不調和を示す病態を顎変形症といっています。ですから、顎変形症の患者さんには、手術で顎を切って骨を移動させることで理想的な正しいかみ合わせを作る治療法を適応します。これを私たちはかみ合わせを改善する手術、すなわち咬合改善手術とよんでいます。

2【顎変形症とは聞き慣れないことば(病名)ですが、具体的にはどのような状態でしょうか?】

顎変形症にはいろいろな病態があります。アゴのアンバランスの原因が上顎骨にある場合、または下顎骨にある場合、同じ上顎骨や下顎骨でも左右差がある場合など様々です。日本人では上顎骨に比べて下顎骨が大きい下顎前突症、いわゆる受け口が見られる患者さんが全体の約7割を占めます。その他には、下顎骨が小さい下顎後退症、上顎が突出した上顎前突症、顔貌の左右非対称を伴った下顎非対称や顔面非対称などがあります。これらの言葉でお判りのように、顎変形症は多くの場合、かみ合わせのズレとともに顔貌の変形(審美障害、アンバランス)を伴います。

3【顎変形症を治療しない場合は、どのような問題が出ますか?】

私どもの診療科を受診される患者さんの多くは、咀嚼障害、特に麺類を咬み切れない、上下の歯がかみ合わない部分から空気が漏れる、上下の唇が閉じられなくて上手く発音できないといった発音障害、下アゴが突出していて嫌だといった審美障害を訴えて受診されます。また、肩こりや頭痛、背中の痛みを訴えて受診される場合もありますが、ご本人があまり気にならないで日常生活を送れるようでしたら、何ら問題はありません。ただし、下顎骨の小さな下顎後退症の方は、重症の顎関節症や睡眠時無呼吸症候群と深くかかわりますし、かみ合わせや顔貌の不均衡に対する劣等感によって精神的にデプレッションに陥る方もおられますので、思い当たる方は是非、口腔外科か矯正歯科を受診するようお勧めします。

4【顎変形症の治療はかかりつけの歯科医院で受けられますか?】

顎変形症の治療は、顎口腔機能診断施設の認定を受けた矯正歯科医と厚生労働省の通達による施設基準を満たした口腔外科手術が可能な施設が連携して行います。まずかかりつけの歯科医院で相談し、大学病院や総合病院の歯科口腔外科あるいは資格を持った矯正歯科医院を紹介してもらうのが良いでしょう。当科のように歯科口腔外科のスタッフの中に矯正歯科認定医が在職している施設もありますので、かかりつけの歯科医院がない場合には、直接、大学病院や総合病院の歯科口腔外科を受診してください。

5【治療にはどの位の時間がかかりますか?】

顎変形症の治療は歯の矯正治療と手術の2種類の治療を組み合わせて行います。
まず始めに、手術の時に理想的なかみ合わせを作れるように手術前に歯列矯正治療が必要です。この治療期間は約1年から2年間です。この歯列矯正治療が終了した後、手術を行います。手術のための入院期間は2週間から3週間です。
手術後にもかみ合わせの微調整を行うために、術後矯正といわれる仕上げの矯正治療を約1年間行って治療は終了します。すべての治療期間はかみ合わせのズレの程度によって異なります。普通は、術前矯正→手術→術後矯正といった一連の治療期間は約2〜3年程度を必要とします。

6【どのような手術を行うのでしょうか?】

手術の術式は、定型的な術式が確立されていますので、どの医療施設で行っても大きな違いはありません。先ほど申し上げましたように、日本人の場合は下顎前突症が多いために、下顎骨の左右両側の骨を切って歯が並んだ中央部分の骨を移動させて予め想定しておいたかみ合わせを作る、下顎後退手術が一般的に行われます。ズレの程度が大きな場合は上顎骨の骨切りを併用する場合もあります。

7【歯列矯正治療は保険外診療で高額な治療費が必要と聞きましたが、顎変形症の治療は保険診療が認められているのでしょうか?】

顎変形症の治療は手術前の矯正歯科診療から手術、手術後の矯正歯科治療まで保険給付診療となっています。治療費は治療内容、治療期間、手術術式、入院期間などによって異なりますので、医療機関を受診した際にお訊ねください。

8【顎変形症の治療を受ける際に、年齢制限はありますか?】

手術は顎の成長が終了してから行うのが一般的で、女性では14〜15歳以降、男性では18〜19歳以降が対象となります。年齢の明確な上限はありませんが、高齢者では、歯の周辺の歯周組織に加齢現象がみられて歯列矯正治療の終了までに時間がかかります。また、手術後には生まれて初めて体験するかみ合わせで日常生活を送ることとなりますので、新しい口腔環境に「慣れる」ことが要求されます。この「慣れ」は若ければ若い人ほど早期に順応します。したがいまして、年齢が高くなればなるほど若い人たちと比べるとハンデキャップがあることは否定できません。ですから、就学期に治療を受けるのがベストと考えてください。

いつでもご相談ください

顎変形症は、顔貌の変形を伴ったかみあわせの異常を主徴とする病気です。私たちは顎変形症の治療に関してより安全で良質な医療を提供できるように日々努力しております。かみ合わせのことでお悩みの方は、いつでもご相談ください。

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