> Research > 鳥越俊彦[ストレスバイオロジー]
教授
鳥越 俊彦 M.D., Ph.D.
(とりごえ としひこ)
学歴・職歴・学位
1978年 鳥取県立鳥取西高等学校卒業
1984年 防衛医科大学校卒業
1986年 航空自衛隊航空医官(千歳基地)、札幌医科大学研究生(菊地浩吉教授)
1993年 自衛隊札幌病院診療科医官(病理)
1994年 医学博士(札幌医科大学)
1997年 札幌医科大学医学部病理学第一講座教員
海外・国内留学
1990-1992年 米国ペンシルバニア大学
Department of Pathology and Lab. Medicine (Dr. John C. Reed研究室)
1992-1993年 米国ラホーヤ癌研究所
(現Sanford Burnham Prebys Medical Discovery Institute, Dr. John C Reed研究室)
学会
日本病理学会 評議員
日本癌学会 評議員
日本がん免疫学会 理事
臨床ストレス応答学会 副会長
日本免疫学会 評議員
日本臨床免疫学会 評議員・監事
北海道医学会 評議員
日本臨床腫瘍学会
日本バイオセラピー学会
日本細胞生物学会
国際病理アカデミー (IAP)
米国癌学会 (AACR)
国際細胞ストレス学会 (CSSI), Senior Fellow
日本宇宙生物学会
NPO法人 北海道宇宙科学技術創成センター (HASTIC) 理事
原核生物から真核生物にいたるまで、すべての生物は外界から受ける環境ストレスや感染ストレスに対する防御機構と適応機構を持っており、それらはストレス応答と呼ばれています。ヒトも生理機能の一部としてストレス応答を持っていますが、その機能障害はがん、神経変性疾患、免疫疾患、動脈硬化・代謝疾患、精神疾患などのさまざまな病気やエイジング(老化)と関連しています。また、ストレス応答を制御することによって、病気を治療したり、予防したりすることもできることがわかってきました。
ストレス応答はセンサー分子とエフェクター分子から構成され、すべての細胞が備えています。たとえば、温熱ストレスのセンサー分子はHeat shock factor (HSF)と呼ばれる遺伝子転写調節因子で、これが活性化するとエフェクター分子である熱ショックタンパク質(Heat shock protein, HSP)の発現を促進します。HSPの機能は分子シャペロンと呼ばれ、細胞内タンパク質の高次構造や分解を制御しています。そのほかに、センサー分子として酸化ストレスセンサーNrf2, Foxo3a、低酸素ストレスセンサーHIF-1、小胞体ストレスセンサーPERK, ATF6, IRE1など、エフェクター分子として酸化還元反応を制御するOxidoreductase, 細胞膜輸送タンパク質ABC Transporter、細胞死抑制分子IAP familyなど、ストレス応答を支えている多くの分子が知られています。
がん細胞は正常細胞と比較して高いストレス耐性を持っていることが知られ、がんの悪性形質の1つとなっています。私たちは、がんの女王バチに相当するがん幹細胞(Cancer stem cell)が恒常的に高レベルのストレス応答分子群を発現しており、より高度のストレス耐性を獲得していることを見出しています。また、がん細胞にストレス刺激を加えてストレス応答を惹起すると、働きバチが女王バチに変身する現象も見出しており、これらの分子機構を解明することによって、近い将来、女王バチを撲滅する治療法や再発予防法につながるものと期待しています。実際、ストレス応答分子の発現を抑制するとがん幹細胞の造腫瘍性が失われることから、ストレス応答分子を標的とした分子標的治療も開発中です。
脊髄小脳変性症やアルツハイマー病のような難治性神経変性疾患の原因として、神経毒性をもつ変性タンパク質の蓄積がわかっています。たとえば、アルツハイマー病におけるAmyloid betaタンパク質の蓄積、脊髄小脳変性症におけるポリグルタミンタンパク質の蓄積、クロイツフェルトヤコブ病におけるプリオンタンパク質の蓄積などがあります。これら病原タンパク質の蓄積は神経細胞のストレス応答の減弱とタンパク質高次構造の変化、すなわちタンパク質の変性が原因にあることがわかりつつあり、分子シャペロンHSPによる神経変性疾患の治療と予防が期待されています。脳神経細胞のストレス応答を高めることができれば、認知症の予防にも効果があると期待されます。
細胞がウイルスや細菌に感染すると、ストレス応答が惹起されます。ストレス応答によって発現が亢進したHSPの一部は細胞外へ放出され、樹状細胞のような免疫司令塔に働きかけ、自然免疫(単球・NK細胞の活性化、インターフェロン産生)と獲得免疫(Tリンパ球・Bリンパ球の活性化、抗体産生)を発動します。このように、細胞のストレス応答は生体防御機構のセンサーおよびエフェクターとしても機能しています。変温動物は感染すると気温・水温の高い場所へ移動します。また、ヒトを含めて恒温動物は感染によって発熱しますが、これらは温熱ストレス応答によって生体防御機構を活性化する反応と考えられます。NHK ”ためしてガッテン” (2011年5月放送)において紹介しましたが、ヒトのリンパ球を39℃に加温すると、標的細胞を細胞障害する活性が高まります。感染だけでなく、痛風のような非感染性炎症(無菌性炎症)においても、細胞のストレス応答がDanger signalのセンサーおよびエフェクターとして働いています。これらの分子機構を免疫治療に応用することで、より効果的ながんワクチンを実用化する研究も行っています。
過度なストレスがヒトのエイジング(老化)を促進することはよく知られていますが、エイジングの病態生理として細胞および生体のストレス応答の低下が挙げられます。ストレスタンパク質の発現低下は変性タンパク質の増加をもたらし、生体防御反応を低下させ、細胞死を増加させます。最近では脳神経細胞のストレス応答の低下が抑うつ状態のような精神機能とも関係しているらしいことがわかりつつあります。宇宙環境においてヒトの加齢現象が促進することが知られていますが、これも環境ストレスの増大と細胞ストレス応答の減弱が原因であると考えられます。したがって、ストレス応答を高めることができれば、認知症や動脈硬化などの多くの老化関連疾患から予防できる可能性があります。
ストレス病理学を起点として、ヒトの疾患制御と予防医学へ橋渡しし、世界中の人々が健康で明るく生き生きと生活できる社会に貢献することが私の夢です。