当院手術部門では、多くの覚醒下開頭術奨励を管理しています。覚醒下開頭術の麻酔管理は、通常の脳神経外科手術麻酔と異なり、麻酔科医にとってよりchallengingな管理が要求されるため、その安全性を向上すべく、臨床研究を行ってきました。
手術中(開頭中)に患者さんを麻酔から覚醒させる必要がありますので、疼痛管理が上手くいかない場合、患者さんは安静を保持できない、また運動・言語タスクを行うことが不可能となり、覚醒下手術は失敗となってしまいます。当院では、神経ブロックや鎮痛薬をうまく組み合わせることによって、患者さんの疼痛を最小限とし、術中の安全性を確保しています(図1)。
通常の脳神経外科開頭術では気管挿管による確実な気道確保を行います。しかし、気管挿管では抜管時に咳嗽反射が生じやすく、体動や脳圧上昇といった悪影響が生じうるため、覚醒下開頭術ではスムーズな抜去・挿入操作が可能である声門上器具を使用した気道管理が求められます。しかし、声門上器具は気管挿管と比較して確実性に劣るため、われわれはより安全な声門上器具による気道管理方法を模索すべく、臨床研究を実施してきました。神経系に作用し麻酔作用を発揮する全身麻酔薬は、期待する鎮静作用以外にも神経系に悪影響を及ぼしうることが報告されており、われわれは「脳腸相関」に着目してそれら有害事象に対する予防的アプローチを検討しています。また、近年麻酔科領域でも注目を集めている「フレイル(Frailty)」に関しても基礎研究を進めています。
小児患者は手術時の安静保持が困難であるため、全身麻酔下で手術を受けることが一般的です。しかし、幼若期における全身麻酔薬曝露は、神経発達に対して悪影響を与え、成長後の学習能力障害をもたらすという動物実験結果が、2000年代に報告されています。近年、ヒトを対象とした大規模臨床研究が実施され、それらの結果をまとめたメタ解析の結果、単回短時間の全身麻酔薬曝露であっても、成長後の社会性行動スコアが悪化することが示されました。しかし、いまだにその詳細な機序も明らかにされておらず、予防法も確立されていないのが現状です。この幼若脳麻酔薬神経毒性に対し、脳腸相関を用いた解析を実施しました。
術後せん妄の予防や抑制に関して、周術期を管理するわれわれにとっては避けては通れない題と考えています。麻酔・手術侵襲によってマウスはせん妄様の行動異常を呈し、かつ腸内細菌叢の多様性が変化することを捉えました(図4)。術後1日程度の短いスパンで、外的ストレスによって腸内細菌叢の構成が変化し、多様性を欠損させることが生体へ影響している可能性があると考えています。これらの術直後から起こりえる腸内細菌叢の多様性維持を狙って難消化性オリゴ糖であるラフィノース(RAF)投与したところ、腸内細菌叢の構成が維持されただけでなく、行動学的変化も改善しうることが明らかになりました。つまり周術期のラフィノース投与によって、術後における『認知行動の向上の可能性』を証明したことになり、術後せん妄回避のための新展開が生まれそうです。
今後の目標としては、実臨床上での周術期神経認知機能障害(PND: Postoperative neurocognitive disorder ※術後せん妄を含む)が少しでも抑制できるように、基礎研究の結果をもとにアプローチしていきたいと思っています。また、周術期管理に関わる当事者で横断的に予防・治療のエビデンスを作ることを目標に、基礎・臨床の両面からエビデンスを積み重ねていくことを目標に掲げたいと考えています。
フレイルとは「加齢に伴う臓器機能の変化や予備力の低下によって、外的ストレスに対する回復力が低下した状態」です。フレイルは、手術予後を悪化させることがすでに知られており、かつ術後せん妄発症のリスクを増加させるため、周術期には注意しなければならない背景のひとつです。予備実験としてフレイルモデルマウス(老化促進マウス)に対して開腹盲腸切除術を施行し、手術前後のマウスの行動を比較したところ、フレイルマウスでは術後オープンフィールドテストで総移動距離の減少、休息時間の増加、中心領域滞在時間の低下を認めました(図5)。つまり、フレイルマウスは手術侵襲によって運動・認知機能が低下し、せん妄様行動が増加したことが示され、ストレスに対する虚弱性が顕著でした。現在、このフレイルモデルと老化に関与するとされるサーチュインとの相関性をみています。また、サーチュインがフレイルにおけるマーカー的な役割となりえるのではないかという仮説のもと、複数の実験系を進めています。