細胞老化システムから明らかにする組織の再生と変性メカニズムの探索

齋藤悠城  札幌医科大学医学部医学科 解剖学第2講座 講師



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私たちの体を構成する細胞は、ダメージを受けると自身の増殖を止め、新たな細胞へと置き換わる、 “細胞老化”という生体防御のしくみを備えています。しかし、我々を守るはずの細胞老化システムが破綻すると慢性炎症や線維化を進展するとされ、細胞老化の謎の解明が、慢性炎症制御の鍵として注目されています。

細胞老化と組織再生

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細胞老化は、細胞がダメージを受けたときに自身の増殖をやめ、新たな細胞へと置き換わる生体防御のしくみで、老化-クリアランス-再生連鎖とも呼ばれます。旺盛な再生・回復がおこる急性炎症ではこの連鎖が活発におこり、組織を再生へと導くことが知られています。一方で、慢性炎症では老化細胞が蓄積して病態を悪化させるとして、細胞老化の謎の解明に世界的な注目が集まっています。
私たちは、これまで骨格筋の急性炎症と慢性炎症の分岐点に、間葉系前駆細胞の細胞老化システムの破綻があること、さらに、慢性炎症で破綻した細胞老化システムを、間葉系間質/幹細胞によって急性炎症に類似した環境へシフトさせ、組織を回復へ導くことに成功しました (Takako S. Chikenji, Yuki Saito et al., EBioMedicine, 2019; Yuki Saito, Takako S. Chikenji. et al., Nature Communications, 2020)。これらの研究は、老化-クリアランス-再生連鎖を促す新しい治療戦略として注目を集めています(北海道医療新聞, 日経バイオテクONLINE, , ScienceDaily, The Medical News, Medical Xpress他海外webニュース12報)。


細胞老化システムの破綻

急性損傷に対する間葉系前駆細胞(Mesenchymal Progenitor: MPまたはFIbro-adipogenic Progenitor: FAP)の細胞老化誘導が組織再生に重要であるという仮説のもと、私たちはp53をノックアウトしたMPと正常なMPをそれぞれマウスの骨格筋に移植、生着後に筋損傷を与えました。正常なMPが移植された骨格筋は損傷後20日で再生を認めましたが、細胞老化を誘導できないp53ノックアウトMPを移植した骨格筋では損傷後20日で線維化を認め、再生が阻害されました。 

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細胞老化システムの回復によるリモデリング

急性炎症モデルを用いた検討から、MPの細胞老化に伴い、マクロファージやNK細胞など貪食機能を持つ細胞のリクルートメントが活性化されることがわかりました。そこで、MPの細胞老化システムの破綻が認められる慢性筋炎モデルマウスの骨格筋に、細胞老化を誘導した間葉系間質細胞(Mesenchymal stromal cell: MSC)を投与したところ、MPの細胞老化が誘導され、次いで食機能を持つ細胞のリクルートメントが活性化され、MPをクリアランスし、筋再生を促しました(老化-クリアランス-再生連鎖)。一方、細胞老化誘導因子の一つであるCDKN2AのノックアウトしたMSCの投与では老化-クリアランス-再生連鎖が誘導されず、十分な治療効果をもたらさないことも明らかになりました。 
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細胞老化と組織変性

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急性炎症に伴う細胞老化は組織再生に有益であることを明らかにしてきましたが、慢性的に蓄積する老化細胞が組織の変性や慢性炎症へと導く、細胞老化の有害な側面にも着目して研究を進めています。滑膜や腱の変性・線維化をきたす病態で、老化細胞の蓄積を認め、さらにそれらの細胞は免疫監視機構から逃れる性質を持つことを明らかにしました(論文投稿中)。

有益な細胞老化と有害な細胞老化

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細胞老化が組織再生を促す働きと組織変性を促す働きがあることがこれまでの研究で明らかにされています。老化細胞のなかで異なるサブセットが存在することが明らかになりつつありますが、未だその詳細は不明です。組織再生に働く老化細胞と組織変性に働く老化細胞の表現系の違いを明らかにすることで、疾患の予防や再生医療の発展に貢献できると考えています。私たちがこれまで組織再生を促すとしてきた老化MSCの表現系と、細胞老化の代表的なin vitroモデルである継代培養の繰り返しによる老化MSCとの表現系が異なることはわかっており、現在もその詳細な違いの検討を続けています。
このように私たちは、間葉系細胞に着目し、細胞老化システムの有益な側面と有害な側面を理解すること、急性炎症と慢性炎症の違いを理解することを通して、組織の再生と変性のメカニズムの解明に取り組んでいます。
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