慢性難治性炎症性疾患に対する間葉系幹細胞療法

札幌医科大学医学部医学科 解剖学第2講座 講師 永石 歓和

1. 間葉系幹細胞による腸管免疫制御と腸上皮再生

炎症性腸疾患(Inflammatory bowel disease, 以下IBD)は、主に大腸や小腸粘膜にびらんや潰瘍を形成する慢性難治性疾患で、国内の罹患者数は潰瘍性大腸炎が約18万人、クローン病が約4万人(2016年、厚生労働省)で増加の一途を辿る。既存治療は、免疫担当細胞の制御が中心であるが、遺伝的因子と環境因子が交絡し、消化管の何らかの抗原に反応して腸管局所での過剰な免疫応答が持続することから、早期の粘膜治癒を伴う根治的な治療法の開発が求められる。

間葉系幹細胞(Mesenchymal stem cells, 以下MSC)は、骨髄や臍帯・胎盤、脂肪組織、歯髄等様々な組織から単離培養される体性幹細胞である。再生医療における細胞治療の細胞源として、国内では急性期GVHDや脊髄損傷患者を対象に既に臨床応用されている。自己複製能・多分化能を有し、液性因子やエクソソームの分泌、細胞補完・分化可塑性等を介して免疫制御能、組織修復・再生能を発揮する。これまでに、腸炎モデルに対してMSCおよびMSCの分泌因子を含む培養上清(MSC-conditioned medium, MSC-CM)を投与すると、腸炎の回復を促進したり急性期の増悪を抑制したりする効果があることを明らかにしてきた(図1)(Watanabe S, Arimura Y, Nagaishi K, et al. J Gastroenterol, 2014)。しかし、経静脈的投与では障害腸管へのMSCの動員・生着率が低く、いずれも上皮の機能的修復を伴った効果的な治療には至っていない。

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図1.MSC/MSC-CMの経静脈的投与による腸炎モデルの治療効果

そこで、腸管粘膜における免疫細胞制御や上皮の再生促進を、より効率的に行うための細胞投与法の工夫や併用療法について、さらなる研究を進めている。また、MSCの治療効果は細胞形質にも依存することから、当講座で独自開発した胎児付属物由来抽出物(特願;PCT/JP2015/57217, 国際公開WO 2015/137419 A1)を用いた細胞の賦活化や、細胞形質の新たな形態学的評価法の研究・開発にも取り組んでいる。

2. 間葉系幹細胞を用いた糖尿病合併症に対する細胞療法の研究・開発

糖尿病の主要臓器合併症である腎症や肝障害に対して、MSCを用いた細胞治療の有効性を明らかにしてきた。MSCやMSC由来のエクソソームや液性因子の投与は、1型糖尿病(T1D)および2型糖尿病(T2D)モデル動物の肝機能・腎機能の増悪を抑制し(図2)、炎症細胞の集積による組織障害や脂肪肝、インスリン抵抗性を抑制することで組織修復効果を示した。またこれらの作用機序として、骨髄由来細胞の制御が重要な役割を果たすことを明らかにした (Nagaishi K, et al. Hepatology 2014, Sci Rep 2016)。さらに、糖尿病モデル動物の骨髄由来MSCは、その機能・形態ともに異常化していることを明らかにし、上記胎児付属物由来抽出物で賦活化することで機能的回復が得られ、糖尿病に伴う腎障害に対して治療効果が改善することも明らかにしてきた (Nagaishi K, et al. Sci Rep 2018)。

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図2.MSC治療の糖尿病モデル動物の肝障害・腎障害に対する有効性

さらに、糖尿病患者は、骨芽細胞の分化・機能異常に伴う骨形成低下やAGEsの蓄積に伴う骨質劣化が著しく、高率に骨粗鬆症を合併し、骨折のリスクが高い。糖尿病患者の骨折リスクは、T1Dで7倍、T2Dで1.7倍高いとされる。従って、骨折予防を目的とした骨粗鬆症対策は急務である。既存治療の多くは、カルシウムの補充および破骨細胞の制御を中心とするが、長期持続的な治療が必要で、その有効性は最大でも骨量の維持に留まる。一方MSCは、骨芽細胞や軟骨細胞の供給源として骨形成に大きな役割を有するほか、液性因子のパラクライン作用により破骨細胞活性も制御する。この点に着目して、我々は卵巣摘出閉経後骨粗鬆症モデル動物(OVX rat)を用いて、MSC治療により骨量の低下や骨質の悪化を抑制できることを明らかにした(図3)(Saito A, Nagaishi K, et al. Sci Rep, 2018)。

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図3.卵巣摘出閉経後骨粗鬆モデルに対するMSC治療の効果

(Saito A, et al. Sci Rep 2018 改変)

一方、糖尿病に合併する骨粗鬆症の病態は、閉経後骨粗鬆症とは異なることが知られている(図4)。MSCの投与法や併用療法の工夫により、既存治療とは異なる機序で骨折予防に寄与する新たな治療法の開発研究を行っている。
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図4.各種疾患による骨粗鬆症の病態