沿革

解剖学大教室 初代教授(昭和25年-39年)

山崎 春雄

明治43年東京帝国大学卒業。大正2年熊本医学専門学校教授。大正10年北海道帝国大学医学部教授。昭和23年北海道大学名誉教授。

昭和25年札幌医科大学創設に際して、解剖学教室初代教授に任命された。昭和33年札幌医大退職。

渡邊 左武郎

昭和10年北海道帝国大学医学部卒業。昭和15年北大付属医専教授。昭和25年札幌医科大学創設に際して、解剖学教室初代教授に任命された。昭和47年札幌医科大学学長となり、昭和55年の任期満了まで重責を果たした。

日本学術会議会員。日本人類学、民俗学連合大会、日本医史学会総会を主催した。平成6年北海道開発功労賞を受賞、同年3月まで北海道開拓記念館館長。

解剖学第2講座 初代教授(昭和33年-昭和61年)

三橋 公平

昭和22年千葉医科大学医学部卒業。「日本人指紋の研究」で内外から高い評価を得ていた。その業績により昭和34年に37歳の若さで札幌医大解剖学第2講座の教授に就任した。

道内各地の遺跡調査(稚内の大岬、オンコロマナイ、釧路緑ヶ岡、伊達市北黄金貝塚)を数多く手がけ、これらの遺跡から出土した人骨の研究により、アイヌの起源を考える上で縄文人の影響を無視出来ないことを指摘し、日本の人類学研究の進むべき方向を示した。

解剖学第2講座 2代目教授(昭和62年-平成6年)

百々 幸雄

昭和44年東北大学医学部卒業。三橋教授が展開した北海道の古人骨研究を継承。伊達市有珠モシリ貝塚の続縄文人骨の研究を通して、縄文人からアイヌへの遺伝的連続性を証明した。

シリア、シベリア、イギリス、オーストラリア、クック諸島など海外での国際学術研究も活発に行い、北海道のアイヌやオホーツク人の起源からネアンデルタール人の発掘調査まで研究の視野を大きく世界に広げた。平成6年東北大学医学部教授に転出。

解剖学第2講座 3代目教授(平成7年-平成19年)

村上 弦

昭和57年東北大学医学部卒業。人体解剖学(臨床解剖学)研究が主たる研究テーマ。手術ミスを防ぐための卒後教育の一環として、献体を使った外科系医師の為の手術トレーニングを平成15年から実施。

全国から注目を浴び、平成18年度大学教育国際化プログラムにおいて、「未固定凍結標本を用いた手術解剖教育の確立」が採択された。現在も人体解剖学的研究を継続している。

解剖学第2講座 4代目教授(平成20年-令和4年)

藤宮 峯子

昭和56年滋賀医科大学卒業(1期生)。消化器内科研修医を経て、滋賀医科大学解剖学講座助手、助教授。平成20年6月より札幌医科大学教授。

解剖学第2講座 5代目教授(令和5年-)

永石 歓和

 平成9年札幌医科大学医学部医学科卒業(第44期)。消化器内科臨床医を経て、平成21年から札幌医科大学医学部解剖学第二講座助教。以後、講師、准教授を経て、令和5年6月に教授就任。