本学医学部解剖学第一講座の市川量一准教授の研究グループが米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されました

PNAS
April 2016 Vol.113 no.8

 本学医学部解剖学第一講座の市川量一准教授(6月1日より昇任)は北海道大学大学院、東京大学大学院、広島大学大学院との共同研究により、その成果を米国科学アカデミー発行の機関誌である「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: 米国科学アカデミー紀要」に発表しました。
 この研究成果は、「小脳の情報処理機能の解明」、その知見を基にした損傷部位を代償するデバイスの開発、あるいは喪失した機能代替のパラダイムシフトの呼び水になると期待が持たれています。 

  • 掲載論文タイトル:                                                         Territories of heterologous inputs onto Purkinje cell dendrites are segregated by mGluR1-dependent parallel fiber synapse elimination:                                                        {和訳}小脳プルキンエ細胞樹状突起上でみられる入力線維のタイプに応じたシナプス分布の分節化は、代謝性グルタミン酸受容体1型の働きかけによる平行線維シナプス除去により達成される
  • 掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America113巻8号: 2282-2287ページ, 2016, Feb 23
  • 発表者:医学部解剖学第一講座 市川量一 准教授の研究グループ

詳細は、以下の研究成果の内容をご覧ください。
  (HPからの掲載文・画像の無断転載、引用禁止)

<今回の研究の背景>
  • 小脳を構成する神経細胞の一つであるプルキンエ細胞は、精緻で円滑な運動機能をおこなうにあたって重要な役割を担っています。
  • プルキンエ細胞では、情報の受け手である樹状突起上で特徴的なシナプス分布がみられます。①樹状突起の細胞体に近い部位(近位部)では下オリーブ核に分布する神経細胞の軸索(登上線維)の中の一本だけが枝分れして多数のシナプス(登上線維シナプス)を形成します。②遠位部では十万個の顆粒細胞から伸びる軸索(平行線維)が樹状突起遠位部にシナプス(平行線維シナプス)を形成します。それが崩れると、運動障害が生じます <下段の補足説明参照>。
  • 小脳のプルキンエ細胞の示す特徴的なシナプス分布がどのようにしてできるのかを我々を含めた研究グループは解明してきました。今までは主に、①について生後発達過程において複数の登上線維が支配する多重支配期を経て単一支配へと移行するメカニズムなどを、明らかにしてきました。
  • 今回は、②である登上線維シナプスと平行線維シナプスの分布領域の分節化がどのようにして形成されるのかを明らかにできたため、それを報告しました。

<研究の方法と結果>

  • 生後7日から30日までの野生型マウスのプルキンエ細胞を対象として、1個のプルキンエ細胞あたり千数百枚の連続電子顕微鏡切片を作製し、樹状突起の基部から先端までの登上線維シナプスと平行線維シナプスを1つずつ同定し、シナプス回路を立体再構築しました。
  • 生後15日から20日の間に樹状突起近位部で平行線維シナプス除去が起こり、登上線維シナプスの分布領域と平行線維シナプスの分布領域とが分離されることを明らかにしました。
  • mGluR1(代謝性グルタミン酸受容体1型)とその下流にあるPKCg(蛋白質リン酸化酵素γ型)が登上線維シナプスの分布領域と平行線維シナプスの分布領域との分離にどのように関与するかを調べる目的で、それぞれの遺伝子を欠損するマウスを上記と同様の方法で解析しました。
  • 平行線維シナプス除去が障害され、生後30日になっても平行線維シナプスが樹状突起の全域に広がり、シナプスの分布領域の混在の持続が判明しました。
  • mGluR1が本当にシナプスの分布領域を形成するための責任分子であるかどうかを調べる目的で、ウイスルベクターを用いてmGluR1ノックアウトマウスにmGluR1αを導入するこしました。
  • mGluR1遺伝子のレスキューの結果、樹状突起近位部から平行線維シナプスが除去され分布領域の分離が惹起されました。
<結論>
  • 一般的に、神経機能に特化した神経回路の構築は、まず胎児期において遺伝的プログラムに従ってその土台が作られます。しかし、この段階のシナプス回路は過剰で重複が多く、接続性も不正確で、未熟な状態にあります。その後、生後発達過程で受容する刺激や経験は神経活動となって脳に伝わり、それに応じた強化と除去を基盤とするシナプス回路の刈込みが起こります。これにより、それぞれの個体史を反映し生活環境に適応できる機能的なシナプス回路へと改築されていきます。小脳の特徴的なシナプス分布の形成もこの原理に基づいていることが示されました。
  • mGluR1からPKCgに至るシグナル伝達系の活性化は、一個のプルキンエ細胞に対する一本の登上線維によるシナプスの形成に加え、樹状突起近位部から平行線維シナプスの除去にも関わることが判明しました。従って、プルキンエ細胞でみられる特徴的なシナプス分布は、このシグナル伝達系の活性化を通して発達し構築されると言えます。
  • 発達過程における異種入力線維によるシナプス分布領域の分離は、プルキンエ細胞における神経情報の処理や統合機能を向上させ、登上線維と平行線維の異種シナプス活動に基づくシナプス可塑性の誘発特性にも影響を与え、運動機能制御の学習の基盤となる小脳神経回路の構造・機能の可塑性にも貢献していると考えられます

 

<補足説明>

  • 脳が果たしている様々な神経機能は、情報処理に特化した特異な神経回路を基盤として生み出されます
  • 脳を構成する神経細胞は、一般に樹状突起、細胞体、軸索から構成され、他の神経細胞とシナプスを介して情報を送受します。
  • 一般的に、樹状突起のシナプスで情報を受け取り、細胞体で情報を処理し、処理された情報を軸索に送ります。軸索は枝分れしその端末にあるシナプスを通じて情報を他の神経細胞などに伝達します。
  • 多数の神経細胞と神経細胞間のシナプス結合が積み重なることで神経回路が形成されます。


<図説>
 (※いずれも本論文のFigureより一部改変して抜粋)

発行日:

情報発信元
  • 医学部解剖学第一講座