【研究成果】国際科学誌「Nature」オンライン版に掲載      「世界で初めて全身性エリテマトーデスの重症化機構を解明    -ループス腎炎の新たな治療法の開発に光明-」

<研究の概要>

札幌医科大学医学部免疫・リウマチ内科学 講師・神田真聡は、ドイツにあるシャリテ大学(Charité - Universitätsmedizin Berlin)、マックスデュルブリックセンター(MDC:Max Delbrück Center for Molecular Medicine in the Helmholtz Association)、ドイツリウマチセンター(German Rheumatism Research Center)との国際共同研究により、ループス腎炎における臓器炎症の重症化に自然リンパ球(ILC:Innate Lymphoid Cell)が関与していることを世界で初めて明らかにしました。
本研究成果は2024年8月13日付で、国際科学誌『Nature』のオンライン版に掲載されました。

<研究のポイント>

全身性エリテマトーデス(SLE)は主に妊娠可能年齢の女性が罹患する自己免疫疾患の一つであり、種々の臓器にさまざまな重症度の臓器障害を起こします。中でもループス腎炎と呼ばれるSLEによる腎障害はSLEの予後を規定する重篤な臓器病変の一つとされています。SLE患者のかなりの割合がループス腎炎を起こす一方で、その重症度は個々の患者により異なり、ほとんど治療を要さない軽症例から透析や腎移植を要する末期腎不全を起こすループス腎炎まで幅広いことが知られています。この差がどのようなメカニズムにより起こっているかはこれまでわかっていませんでした。ループス腎炎の発症には抗DNA抗体をはじめとする自己抗体の産生が重要とされ、それが臓器障害を起こしているとされていることから、臓器炎症の重症化も主に獲得免疫が担っていると考えられてきました。
ILCは免疫担当細胞の一種ですが、循環血液中に占める割合は極めて少なく、腸管や皮膚などの病原体の侵入にかかわる組織・臓器に特徴的に存在することが知られています。腸管などでは臓器炎症誘発においてILCが重要な役割を果たしていることがわかっていましたが、これまで腎炎とILCの関わりについては検討されていませんでした。そこで本研究ではILCがループス腎炎の臓器炎症にどのようにかかわるかについて検討しました。

<研究の方法>

  •  複数のループス腎炎モデル(poly(I:C)投与NZB/W F1マウス、イミキモド誘発ループスモデルマウス、B6.Sle1Yaaマウス)に対して、腎組織内・血管内細胞を分けてその割合の変化をフローサイトメトリーで解析しました。
  • ループス腎炎モデルに対して、抗IFNAR1抗体(I型インターフェロン刺激阻害)、抗アシアロGM1抗体(ILC/NK細胞除去)、抗NKp46抗体(NKp46刺激阻害)、抗GM-CSF抗体、抗CSF1R抗体を投与し、腎組織内の炎症の状態をフローサイトメトリー及び蛍光免疫染色で評価しました。
  • ループス腎炎モデル(イミキモド誘発ループスモデルおよびB6.Sle1Yaaマウス)にそれぞれNcr1、Trem2を遺伝子編集し、腎組織内の炎症の状態をフローサイトメトリー及び蛍光免疫染色で評価しました。
  • poly(I:C)投与NZB/W F1マウスにおけるループス腎炎発症過程および、抗アシアロGM1抗体投与によりおこるトランスクリプトーム変化をシングルセル解析で評価しました。
  • poly(I:C)投与NZB/W F1マウスにおけるNK細胞・ILCのトランスクリプトーム変化をシングルセル解析で評価しました。
  • 既報のヒトループス腎炎のシングルセル解析においてILCが存在するかどうかについて再解析を行いました。

<研究の結果>

  •  ループス腎炎モデルにおいて、腎組織内でILC(主にILC1)が増加することを示しました。
  • 抗IFNAR1抗体、抗アシアロGM1抗体、抗NKp46抗体により、腎組織内ILCの増加が抑制され、腎機能障害が改善しました。この介入では自己抗体産生(抗DNA抗体の産生量)に変化は生じませんでした。
  • シングルセル解析により腎組織内のILCの中にNKp46の刺激を受けて活性化し、GM-CSFを特徴的に産生する集団を同定しました。
  • 抗NKp46抗体、抗GM-CSF抗体、抗CSF1R抗体の投与およびNcr1ノックアウトにより腎組織内の単球由来炎症性マクロファージが減少すること、腎炎による腎障害が抑制されることを示しました。
  • シングルセル解析の結果からループス腎炎モデルにおいてTrem2陽性マクロファージが特徴的に増加していることを示しました。しかしTrem2ノックアウトでは腎炎による腎障害を悪化させました。
  • ILCはヒトループス腎炎でも存在することを示しました。

<研究の意義、今後への期待>

 本研究によりループス腎炎の重症化の機序が明らかとなりました。ループス腎炎の臓器障害の出現には抗DNA抗体をはじめとする自己抗体産生が重要であるとされてきましたが、臓器障害の重症化にはILC、それにより産生されるGM-CSF、GM-CSFにより誘導されるマクロファージが関与していることがわかり、この炎症メカニズムを制御することにより、ループス腎炎の重症化を制御できました。
これらのことから将来的にILCをターゲットにしたループス腎炎の新規治療法の開発の可能性がでてきました。特に研究で用いられたNKp46阻害抗体は類似の作用を持つものがヒトにも使用可能なものが開発中であり、今後臨床応用が期待されます。
ヒト腎臓では本研究で明らかとなったようなメカニズム解明を行うことはなかなか難しく、モデルマウスなどによる病態メカニズム研究は極めて重要です。一方で、研究結果の大部分はモデル動物における結果に基づいており、ヒトのループス腎炎でも同様の機構が起こるのかについては今後の検証が必要となります。
当教室では今回の研究成果を元にILCと臓器炎症の関係、ループス腎炎の重症化制御についてさらなる検討を続けていく予定です。

参考図

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(図の説明)
左上:poly(I:C)投与NZB/W F1マウスにおける腎臓のシングルセル解析
左下:poly(I:C)投与NZB/W F1マウスにおけるNK細胞およびILCのシングルセル解析
右 :poly(I:C)投与NZB/W F1マウスの腎糸球体周囲の免疫染色像。緑は腎線維化、赤はマクロファージ、白は半月体(障害された糸球体)を示し、左列は未治療例、右列がNKp46阻害を行ったもの。線維化・マクロファージ・糸球体障害の改善を認める。
 

論文情報

論文名:Amplification of autoimmune organ damage by NKp46-activated ILC1
著者名:Stylianos-Iason Biniaris-Georgallis, Tom Aschman, Katerina Stergioula, Frauke Schreiber, Vajiheh Jafari, Anna Taranko, Tejal Karmalkar, Ana Kasapi, Tihana Lenac Rovis, Vedrana Jelencic, David Bejarano, Lea Fabry, Michail Papacharalampous, Irene Mattiola, Martina Molgora, Jinchao Hou, Karolin W. Hublitz, Frederik Heinrich, Gabriela Maria Guerra, Pawel Durek, Giannino Patone, Eric Lars-Helge Lindberg, Henrike Maatz1, Oliver Hölsken, Gerhard Krönke, Arthur Mortha, Reinhard E. Voll, Alexander J Clarke, Anja E. Hauser, Marco Colonna, Kevin Thurley, Andreas Schlitzer, Christoph Schneider, Efstathios G. Stamatiades, Mir-Farzin Mashreghi, Stipan Jonjic, Norbert Hübner, Andreas Diefenbach*, Masatoshi Kanda*, Antigoni Triantafyllopoulou*(*は責任著者)

雑誌名:Nature
DOI:10.1038/s41586-024-07907-x.
公表日:2024年8月13日(火)



用語解説

  1. マクロファージ:免疫担当細胞の一つ。強力な食作用をもち、侵入してきた病原体を捕食・消化する作用を持つ。様々な性質を持つマクロファージがしられるようになってきており、炎症を誘発するものから、逆に炎症を制御するマクロファージもあるとされる。
  2. NK細胞:ナチュラルキラー細胞。強力な殺細胞機能を持つ免疫担当細胞の一つ。
  3. poly(I:C):polyinosinic-polycytidylic acid sodium salt。合成2本鎖RNAアナログ。Toll様受容体を刺激し、インターフェロンの産生を強く誘導する。
  4. NZB/W F1マウス:New Zealand BlackとNew Zealand Whiteを掛け合わせて生まれた第一世代マウス。SLEのモデルマウスとして一般的に用いられる。症状発症まで時間がかかり、症状の出現も個体差がでやすいため、本研究では症状を誘発するためにpoly(I:C)で刺激して用いている。
  5. B6.Sle1Yaaマウス:遺伝的な異常によりSLE様症状を起こすマウス。
  6. フローサイトメトリー:検体中の個々の細胞の大きさ・細胞内構造の複雑性や、標識抗体と共に用いることにより発現しているタンパク質を計測する細胞生物学技術のひとつ。
  7. 蛍光免疫染色:組織切片を蛍光色素標識抗体で処理することにより、目的タンパク質の発現している組織部位を検出する組織学的技術の一つ。
  8. IFNAR1:interferon receptor 1。I型インターフェロンの受容体の一つ。
  9. 抗アシアロGM1抗体:アシアロGM1は主にNK細胞やILCに発現しており、抗アシアロGM1抗体はアシアロGM1発現細胞を除去する働きを持つ。
  10. NKp46/Ncr1:natural cytotoxicity triggering receptor 1。Ncr1は遺伝子、NKp46はNcr1によりコードされているタンパク質とすることが一般的。NK細胞・ILCで主に発現している。
  11. GM-CSF:顆粒球マクロファージコロニー刺激因子。Csf2遺伝子によりコードされる。炎症性サイトカインの一種であり、主に顆粒球・単球の分化誘導作用をもつ。
  12. CSF1R:colony stimulating factor 1 receptor。主にマクロファージ刺激因子(M-CSF)とインターロイキン34の受容体として働き、マクロファージの分化誘導に重要な働きをもつ。
  13. Trem2:triggering receptor expressed on myeloid cells 2。主にマクロファージなどの顆粒球系細胞に発現する。
  14. トランスクリプトーム:RNA発現量を解析する実験手法。主にはマイクロアレイやRNA-sequencingなどの網羅的なRNA発現解析方法を指す。
  15. シングルセル解析:個々の細胞のレベルにおいてRNAの網羅的解析を行う実験手法の一つ。

研究者プロフィール

神田 真聡(カンダ マサトシ)Masatoshi Kanda
札幌医科大学 医学部免疫・リウマチ内科学 講師
・研究領域
バイオインフォマティクスを用いた疾患研究(SLE、血管炎、心疾患)の基礎/臨床研究
IgG4関連疾患の基礎/臨床研究
<研究内容に関するお問い合わせ>
札幌医科大学医学部免疫・リウマチ内科学 講師 神田 真聡
E-メール:mkanda★sapmed.ac.jp(★を@に変えて送信ください)

発行日:

情報発信元
  • 経営企画課企画広報係