各種治療法

肋軟骨移植

肋軟骨移植は患者の体から再建材料を採取し移植するため、以下の種々の方法に比べ、体への負担は大きいものがあります。
しかし、本人自身の組織で作った耳は、血が通っていて、知覚もあり、怪我をしても治すことが可能です。
一方人工物を利用したもの(後述)では、一度露出すると取り出すしかなくなります。
その場合、同部の皮膚が痛んでおり、また手術適齢時期を逃してしまっているため軟骨の細工が困難になる、など治すのが非常に大変になります。 

1.われわれの行っている手術

小耳症に対しては、ほぼどの施設でも肋軟骨を利用した手術で治します。
この手術は、耳の形を作り、マスクやめがねがかけられ、耳を出してもストレスがなくなることを目的とした手術であり、この手術によって聴力が改善するわけではありません。
ちなみに、肋軟骨は本人のものでないと利用できません。
ご両親の軟骨を使ったとすると、術後2、3年のうちに軟骨が吸収されて耳が崩れるとされ、現在は行われていません。 

2.ティッシュエキスパンダーを用いた手術

ティッシュエキスパンダーを用いた手術の画像
施設によっては初回手術で皮下にシリコン製の風船(ティッシュエキスパンダー)を入れ、3~4ヶ月かけて毎週外来で風船に少しずつ水を入れ、皮膚を引き伸ばしていく手術を行う方法を行っています。
2回目の手術で軟骨移植、3回目で耳介挙上、と1ステップ手術回数が多くなります(施設によっては2ステップ)。
本方法は、不足する皮膚を補うという点で一見効果の高い方法に思われます。
しかし、外来通院の負担、風船が膨らんでくると目立つため学校に行きにくい、途中で皮膚が裂けてきたり、感染を生じるなどの危険性があります。
また、引き伸ばした皮膚は、徐々に元に戻ろうとする性質があるため、術直後明瞭であった耳の輪郭がだんだん減少してくる、また、皮膚に負担をかけているため、皮膚炎などが生じやすい、などの欠点も多々あります。
一時期は多くの施設で本法を行っていましたが、現在はこれらの理由により、行っている施設は殆ど見られなくなりました。 

肋軟骨移植以外の治療方法について

1.人工物を埋め込む手術

肋軟骨を利用するという患者の負担を軽減するために、以前は国内でもシリコンでできた耳を皮下に埋め込む手術が行われていた時期がありました。
しかし、長期間を経過するうちに、怪我をしたり、感染を起こしたり、皮膚が薄くなることで、シリコンが飛び出してくる率が非常に高く、現在は行われていません。
アメリカではMedporという別の材料で現在耳を形成している施設もありますが、やはり術後同様のトラブルが多々生じているようで、また日本国内では認可されていません。

2.義耳(糊で貼り付けるタイプ)

シリコン製の耳を皮膚に貼り付けるだけの簡単なもので、一時的な利用をするには有用な方法の1つです。
しかし、一度皮膚炎を起こすともう使えなくなること、また、汗をかいたりすると取れて落ちてしまう可能性があることから、学校生活でこれを利用するのは、危険が多く、お勧めしにくいというのが実情です。 

3.義耳(インプラントと同様のタイプ)

歯のインプラントと同様に、頭の骨に金属を打ち込み、その一部が皮膚から顔を出すようにする手術を行います。
その部分にシリコン製の耳を取り付ける方法です。
糊で貼るタイプのように、簡単に取れてしまう危険性が減ります。
ただし、一度この方法を行うと、同部の皮膚がかなり痛んでしまうため、後日そこに肋軟骨移植により耳を作ることを希望された際、手術が非常に困難になります。
また、金属部分のメインテナンス、運動時にははずす、劣化による交換の必要性、を考えると、将来的に長期間それを維持していくための苦痛も継続することを考慮する必要があります。
従って、高齢者で肋軟骨移植が困難な方などでは良い適応となりますが、小耳症の患者にはあまり利用したくない方法です。 

4.再生医療の可能性

 iPS細胞が現在話題となっており、期待を寄せている方も多いと思います。
私も可能であれば、肋軟骨採取という患者負担の軽減のために、この方法が現実化していけばいいなという思いを持っています。
しかし、私の現時点での心象としては、実現はまだはるか遠い先のことであろうと思います。その理由としては、
  1. 軟骨細胞の特性として、大きな軟骨の塊を作るのが困難
  2. 軟骨は特殊な構造(軟骨細胞の周りを大きくプロテオグリカンという水分を多く含んだ物質(間質)によって取り囲まれている)であり、再生医療で形成した厚い構造の軟骨で、中に栄養が行き渡らない
  3. たとえ十分な大きさを作れたとしても、強度が不足し、容易に耳が変形しやすい 
  4. 再生された軟骨はなぜか人体に移植すると大きく吸収される
などの問題があり、これらの問題はもう15年位同じところで停滞しており、殆ど進んでいません。
もちろん技術の進歩により一気に研究が進展する可能性はありますが、もしどこかでその手術が始まったとしても、それに飛びつくと痛い思いをする可能性も十分ありますのでご注意ください。
何より、たとえ再生医療で耳の軟骨ができたとしても、耳を作るためには、皮膚の利用法、皮膚の剥離、縫合、など、全ての点で高度のテクニックが必要なわけで、耳を作る技術のある医師が手術をしないと良い耳ができるわけもありません。
再生医療に関与して、3Dプリンターで耳を、という話題も上がっています。
しかし、もし私が耳そのものの軟骨を手に入れたとしても、肋軟骨で作った耳よりはるかに結果が劣る耳しか作ることができません。なぜなら、人の傷が治る経過で傷の引きつれが必ず起こります。
その力に打ち勝つ強度を有した軟骨でないと形態を維持していくことができません。また、もし形態が作れたとしても、一生その形を維持することは困難です。
肋軟骨であえて厚いしっかりした耳を作っているのは、一生持つ耳を作るためなのです。