退任のご挨拶
皮膚科学講座
教授 宇原 久
2026年3月末に定年退職いたしました。2017年に本学に呼んでいいただき、優秀なスタッフ、同門会、臨床と基礎の教室の支援を受けて、充実した期間を過ごすことができました。心からお礼申し上げます。
私は北海道大学を卒業してすぐに信州大学皮膚科で皮膚科の研修を始め、卒後3年目に国立がんセンター研究所病理部での研修を命じられ、報告されたばかりのPCR法で腫瘍組織からHPVやEBVの検出を試みました。ホルマリン固定組織からのDNA抽出法の確立とPCR法によるホジキン病からのEBV検出、非RI-ISHによるホジキン細胞内のウイルスの同定ができ、学位論文となりました。がんセンターでの研修の最後に病理から皮膚科に移動して手術、薬物療法、全身管理を学び、この経験から皮膚腫瘍の診療に興味を持つようになりました。
信州大学に戻ってからは皮膚腫瘍の診療を任せてもらいました。1998年には抗がん剤の取扱に関するガイドラインの作成に関して国立がんセンターで会議があり、皮膚科領域は信州大皮膚科の斎田俊明教授が呼ばれ、お付きで私も参加しました。今では考えられないことですが、各大学、各病院、各医師でレジメンに統一性がなかったのです。Cochran共同計画などのEBMが広まり始めた頃で、論文検索や構造化抄録の作成などに多くの時間を要しました。しかし、その結果は、"メラノーマに対してDTIC単剤を上回る有効性を示すレジメンはない"という結論になりました。様々な多剤併用化学療法が試されてきましたが、それらを否定した提言となりました。結局DTICが承認された1980年代から約20年間、メラノーマに対する薬物療法にはまったく進展がなかったことになりました。そんな折、2008年に小野薬品の担当者が突然訪ねてきて、ある新薬の可能性について聞かれました。関係者により多くの困難を乗り越えて2011年に第2相試験が開始されました。ニボルマブのことです。ニボルマブの治験は世界に先行していたので副作用に関する情報が皆無であり、次々に出現する多彩な自己免疫性副作用(irAE)の対応に追われました。しかし、皮膚科の自己免疫疾患(水疱症や乾癬など)における免疫抑制剤やTNF-α抗体の使用経験がirAEの対応に役立ちました。多彩な領域について診断から手術、薬物治療、見取りまでかかわる日本(世界には他にドイツ語圏のみ)の皮膚科診療の特異性に感謝しました(大変でしたが)。2014年9月、ニボルマブは世界発のPD-1抗体薬として世に出ました。開発を競っていた米国のペンブロリツマブ承認の2日前でした。発売後はirAEについての啓発にも努めました。2024年にニボルマブは発売10周年を迎え、これまで世界で100万人の患者さんに使われたそうです。
2017年に本学に呼んでいただき、30年ぶりに北海道に戻ることができました。この10年間は、メラノーマ、有棘細胞がん、メルケル細胞がんに対する免疫チェックポイント阻害薬単剤、免疫チェックポイント阻害薬と新薬の併用、BRAF/MEK阻害薬(進行期、再発予防)、道内で初投与となった腫瘍溶解性ウイルス(適用申請できず)などの治験もこなし、進行期皮膚がんを先陣とした治験により新規抗がん剤のオプションを増やすことに貢献できたのではないかと思います。
優秀で勤勉な教室員、大学院生、そして同門会や各科の先生のご支援により、なんとか乗り切ってきました。アレルギー、自己免疫疾患、感染症、腫瘍を含めほぼすべての皮膚疾患に対して高いレベルの医療を提供できる体制ができたと思います。また、近年の抗腫瘍薬の進歩に伴ってさまざまな皮膚障害が発現し、時に治療継続の支障になっていたことから、「がん患者の皮膚障害アトラス」を教室員総出で準備し、2023年に医学書院より出版しました。在任中のよい記念になったと思います。また教室員により多くの論文が出版されました。加藤潤史講師は肥田時征准教授の指導の元、日本人の有棘細胞がんの遺伝子異常を初めて明らかにし、日本皮膚科学会の英文誌J Dermatolの2025年度最優秀論文賞を受賞しました。肥田准教授はメラノーマに特化した遺伝子パネルを作成し、日本人メラノーマの遺伝子異常について明らかにしました。今後の分子標的薬開発のための貴重なデータになると思います。箕輪智幸先生は鳥越俊彦名誉教授ほかのご尽力により日本人に多い掌蹠型メラノーマの腫瘍免疫環境について世界で初めて明らかにし、2025年に日本皮膚科学会の最高賞である皆実省吾賞を受賞しました。メラノーマ関連の論文としては実に50年ぶりの受賞となります。久木田淳初代札幌医大皮膚科教授より50有余年、歴代教授により引き継がれてきたメラノーマ、メラノサイト研究における大きな成果を退任前に見届けられたことは大きな喜びです。
これまでご支援いただいたすべての方に感謝申しあげるとともに、本学のさらなる発展を祈念して筆を置きます。ありがとうございました。