退任挨拶
札幌医科大学 医療薬学
名誉教授 宮本 篤
昭和20年(1945年)5月に北海道立女子医学専門学校附属病院薬局が設置され、初代薬局長として神谷虎一先生が就任されてから半世紀以上が経過し、平成14年(2002年)9月に札幌医科大学医学部薬理学講座助教授兼ねて医学教育専任教員(初代)から医学部医学科学科目医療薬学教授に宮本 篤が就任し5代目附属病院薬剤部長となり、お蔭様で足掛け19年が経過しコロナ禍の令和2年(2020年)3月をもって定年退職いたしました。大学院修了後、2年余りの病院薬剤師実務を経験し、この間研究生として札幌医科大学医学部薬理学講座に在籍し、助手として採用されたのは昭和57年(1982年)1月、通算すると札幌医科大学に奉職し38年3か月が経過、この間に米国NIHへの海外留学等も経験させていただき、人生の半分以上を札幌医科大学で学ばせていただきました。薬理学講座で教育・研究に従事し20年が経過し医療現場に復帰し感じたことは、医薬分業が進展したこと、附属病院でも9割が院外処方となり薬品管理や服薬指導など薬剤師として新たな役割が求められるようになったこと、患者安全・医療安全の観点から高度先進医療を提供する特定機能病院薬剤部(薬剤部長)の果たす役割が益々大きくなっていると痛感しました。また、院内システム化とチーム医療の中で、薬剤師も一翼を担っているにも関わらず、なかなか表には出てこない、顔が見えない。教授・薬剤部長就任時には、「社会貢献を念頭に置き、顔が見える薬剤師職能を目指し、教育・研究と薬剤部統括を両立させたい」とのスローガンで、薬剤師に代わる者はない業務確立に在任中奔走してきました。部員の諸君や学内の皆様に支えられ、何とか無事に定年退職の日を迎えられたことに深謝申し上げます。
教育面では、本務である医学部で授業科目「医療薬学」や「統合医療学」を主担当し、「医学入門セミナー」、「医療安全管理学」や「臨床実習スタートアッププログラム」にも関与しました。医薬品の適正使用は勿論、処方箋に関連した医師法第22条や薬剤師法第24条、保険医療機関及び保険医療養担当規則における診療の具体的方針、処方箋記載のポイントとピットフォール、薬剤のあらゆる不適切問題を含む概念へ発展し医師国家試験にも出題されているポリファーマシーや漢方医学を中心とした統合医療の重要性等について教授しました。国策である後発医薬品の使用促進に関連して、2年ごとの診療報酬改定の度に処方箋様式が変更され、教育上の変更・対応に苦慮しました。兼務となっている保健医療学部や助産学専攻科では、医療薬学的側面からメディカルスタッフに必要な臨床薬学の基礎や周産期・新生児期における薬物療法の問題点を教授しました。講義では常に平易な言葉で教授することを心掛け、これまでの在職中、一度の休講もなくカリキュラム通りに出講してきたことに自画自賛しています。
研究面では、個別化医療、いわゆるオーダーメイド医療における薬物療法において、個人の遺伝的な特徴や体質をもとに患者個々に最適な薬剤を選択し、最適な用法・用量で治療することが最大の目標でした。近年多くの分子標的薬等が上市され治療の幅が格段に拡がっていますが、それらの効果を最大限引き出すうえで治療薬物モニタリングは欠かせないことから、副作用と各種薬物動態関連因子の遺伝子多型等との関連も含めて解析し、個別化医療の推進に努めてきました。さらに、大学院医学研究科の指導を通じて、医療の進展に貢献すべく各種疾患の薬物療法に関わる臨床的研究も展開しながら、次世代を担う医療人の養成を心がけてきました。医療現場で転倒・転落は患者のADLを低下させる要因の一つであり、多剤投与が転倒リスクに大きな位置を占めています。我々の調査研究から、睡眠薬自体が転倒・骨折のリスクとなること、新規作用機序のメラトニン受容体アゴニストやオレキシン受容体アンタゴニストは転倒・骨折リスクが低いとの成果から、院内での多職種連携の重要性を強調してきました。お蔭様で多くの研究発表が、学会等で受賞・表彰されました。一方で、医療現場における医薬品関連事故防止対策は、安心・安全で質の高い医療の実現に向け最重要な課題です。多層バック製品の普及に伴って隔壁未開通投与が国内で多数発生していることから、看護部の協力もいただき未開通投与防止装置が新たに装着された輸液製剤を検証研究し、その高い有用性を報告しました。また、感染・リキャップ・誤投薬防止機能を備えた、より安全な注射処置を目指したプレフィルドシリンジを製薬企業に考案し、改良が実現した製品が現在も医療現場で高い評価を得ています。
医療面では、平成19年(2007年)4月の大学法人化を契機として、附属病院の経営基盤に医薬品費が密接に関係することから小生が病院長補佐として指名され、附属病院の最高決定機関である病院運営会議メンバーとなりました。また同年4月には改正医療法の施行により、附属病院の医薬品安全管理責任者として指名されました。令和2年(2020年)現在の附属病院薬剤部には、診療報酬上の施設・算定用件とも密接に関係する学会や職能団体が認めた各領域の認定・専門薬剤師取得者が30名以上も在籍するに至り大きく成長しました。この人材育成は当人の努力は言うまでもなく、教授・薬剤部長として次代への最大責務であると同時に、開学70年・創基75年を迎えた札幌医科大学の人的財産でもあります。蔭ながらこの間の薬剤部業務全般を支えてきた関係諸氏に改めて感謝申し上げるとともに、薬剤部にご支援とご協力をいただいた大学並びに附属病院の関係者の皆様に厚くお礼申し上げます。現在の薬剤部は、私が教授・薬剤部長に就任した当時と比較すると、薬学教育6年制を修了した多数の薬剤師を含め、何分平均年齢35.6歳の若い組織に変貌しています。健康寿命の延伸、働き方改革の推進や人生100年時代に向けた全世代型社会保障の実現が求められるなか、これからも医療の進歩と患者のQOL向上のために一丸となって薬剤師業務・研究・教育に取り組み、社会に貢献できる医療専門職として薬剤師の一層の評価向上につながることを期待します。
最後に、医学部医学科学科目医療薬学(兼大学院医学研究科人間総合医療学領域医療薬学)や附属病院薬剤部がリーダーの心得をよく理解した新リーダーのもと、部員が一致団結して附属病院薬剤部は勿論、札幌医科大学が益々発展していくことを祈念し退職のご挨拶といたします。