退任教授・役職者

退任のご挨拶

札幌医科大学医学部
呼吸器・アレルギー内科学講座
名誉教授
高橋 弘毅

お世話になった方々への感謝と学生諸君へのメッセージ

2005年8月からの14年半に渡り、呼吸器・アレルギー内科学講座の教授を務めさせていただき、2020年3月、無事退任致しましたことを同窓会員の方々へご報告を申し上げます。また、学生時代から様々な立場でご指導並びにご支援をくださいました多くの諸先輩と同僚の皆さまに心より感謝申し上げます。同窓会事務局から寄稿のご依頼を受け取った時には、退職して早や9ヶ月余りが過ぎておりました。思い起こせば1年前の今頃、新型コロナウイルス感染が顕在化し、退職直前の3月にはコロナ患者の入院対応に迫られ、また、予定されていた退職教授の最終講義が中止となり、同窓会の皆様へは直接お話しさせていただく機会を逸しておりました。コロナ禍の出口は依然として見えていない世情ですが、この紙面をお借りして感謝の気持ちをお伝えできれば幸いです。

私は、1981年に本学を卒業(28期)し、内科学第三講座(現、呼吸器・アレルギー内科学講座)の研究生となり、医療人としての人生をスタートさせました。そして、医師、教員、研究者の3足のワラジを履きながら、ここまで長い旅をしてきました。その間、多くの先輩や同僚から様々なこと学ばせていただき、その時々の制限された環境の中で何ができるのか、また、その環境だからこそできることは何かと自問自答し、その意識を徐々に高めながらここまで辿り着いたような気がします。お陰さまで、学部学生および大学院生教育、教室の臨床・研究、全道の医療施設を介しての地域貢献等において、与えられた職務を自分なりにやり通せたとの思いでおります。いつの世でも、また、どのような立場に身を置いたかにも依らず、一人の人間にできることは当然限りがあります。ご指導、ご援助をお与えいただいた方々の存在が不可欠であったことは自明であり、改めて関係各位に御礼申し上げます。

教授職を拝命したのは、初期臨床研修医制度が導入され入局が2年間ストップした時期と重なりました。しかし、そのような厳寒期を乗り越え、在職中に66人、最終年の内定者を加えると72人もの新教室員を迎え入れることができました。また、研究面では、基礎系研究室を主宰されている教授・教員の皆様の熱心なご指導をいただきながら、画像診断学、生化学、細菌学、免疫・病理学、公衆衛生学等の学内の知識・技術をフル活用し、在任期間中、31人の教室員が学位を授かることができました。私がライフワークとしてきた間質性肺炎・肺線維症だけでなく、肺腫瘍、呼吸器感染症、びまん性肺疾患、喘息等の呼吸器疾患を幅広く研究の対象とし、教室員一人ひとりから希望する研究テーマを聞き、できるだけそれに近づけるようにしました。必然的に主体性をもって研究に取り組んでくれたので、学位取得者自身が研究内容を最も理解している、という当たり前のことが徹底できたと思います。そして、PubMed引用件数が三桁の論文を世に出すこともできました。

学内横断的な役割も沢山させていただきました。卒後臨床研修センター長を皮切りに、黒木医学部長時代には任期4年間の副医学部長(教務委員長)を拝命し、それと重複しながらの8年間、医学部学生の臨床実習の改革(ポリクリ型からクリニカル・クラークシップ型への転換)に取り組みました。なかでも、地域包括型診療参加臨床実習という全く新たな実習プログラムを全道22の地域基幹病院に直接足を運び構築いたしました。このような時にも頼みになったのが同窓の先生方でした。内科系・外科系を問わず、後輩の教育のためならばと、4週単位でのマンツーマン指導を熱心に行ってくださいました。また、学内においては、医学部学生卒後キャリア形成支援委員会の委員長として、卒後研修のための「札幌医科大学専門研修プログラム」の構築を任されました。各診療科・基礎講座等に働きかけ、各領域の専門医制度と円滑にリンクする履修プログラムとなるように教員の意識改革から始め、また、在学生を対象に説明会を計画的に繰り返し実施しました。また、定年退職までの直近4年間は、アドミッションセンター長(入試部門のまとめ役)と、特に最終年は医療人育成センターセンター長を拝命し、本学に適した学生獲得への入試制度の改革や基礎医学、臨床医学に繋げる教養教育の改善について議論し実施させていただきました。さらに、本学の医学教育に適した素養を備えた優秀な受験生をできるだけ幅広く集めようとの目標を立て、道内進学校へ説明会の行脚も行いました。教授職14年半を振り返ると、携わった教育関連の職務がこのように入学から専門医研修・研究に至るまで、ほぼ全てを網羅する結果となりました。実際に大学にどれだけ貢献できたかは植樹した森の成長を待つしかありませんが、私自身が人間として成長させていただく機会をこんなにも沢山与えてくださいましたことに対して、感謝の気持ちでいっぱいです。

日本には "初志貫徹"という素晴らしい言葉があります。 "初志"とは"スタートラインについたときに立てる目標"を意味します。これから将来への目標に向かって進まんとする卒業生や現役学生の皆さんには、「目標達成に最短と思った道が最良の道とは限らない」ということをお伝えしたい。敢えて遠回りをしなさいとは言いませんが、道のりの途中で、出発した時に想像もしていなかった様々な扉と出会うはずです。その扉を自ら開けることもありますが、意に反して他人に開けられてしまった疎ましい扉もあるはずです。しかし、目と心を閉ざしてはいけません。そんな扉の向こうにも、得てして目標達成への新たな道が続いているものです。

入学した時に私が抱いた初志は、多くの学生がそうであるように、「病人を助けたい。そのために優れた医術をもった医師になりたい」という、極めてシンプルなものでした。そして、幸運なことにとても長い年月、母校に身を置かせていただき、自らのキャリアを磨くことができました。それでも、道のりの途中では意にそぐわない病院での研修や研究も経験しました。しかし、振り返ってみると、回り道の(一見そう思える)扉を開けたことで予期せぬ事象に気づかされ、それが初志の具現化に大いに役立ったと確信しております。そして、ときには初志がぼんやりしかけた時があったにせよ、忘れずにここまで来られたのは、共通の初志を持った多くの方々との出会いと交流があったからに他なりません。

英国の教育専門雑誌(Times Higher Education)が毎年世界中の大学の格付けランキング(入試難易度とは全く別)を発表しています。700校超ある日本の大学のなかで、2020年の本学のランクは教育リソース部門において堂々の第10位でした。この部門は、教員一人当たりの論文数と競争的研究費、入試合格者の学力、学生一人当たりの教員比率などが評価基準となり順位付けされるものです。現在本学はこのような教員・学生の高い教育レベルを有していますが、卒後の本学定着率が過去しばらく低迷してきました。その対策として、本学では2013年の黒木医学部長時代に「北海道医療枠」を入学枠として新設しました。そして、2020年からは三浦医学部長の下、「先進研修連携枠(ATOP-M)」へと名称が変わり、推薦枠と一般入試枠を合わせて75人超の学生が、「札幌医科大学専門研修プログラム」を専攻し、卒後3年目からおよそ7年間は本学の基礎系講座または臨床系講座等に籍を置いてキャリア形成を進めることになります。つまり、これから先は母校に残り専門医研修・研究を行う卒業生が大幅に増えてまいります。同窓会と大学関係の皆様におかれましては、本学出身であることを彼らが誇りに思え、生き生きと仕事に取り組め、初志を貫徹できるような環境作りを是非お願いしたいと思います。