退任のご挨拶
札幌医科大学 医療人育成センター
教養教育研究部門 生物学教室 教授 吉田 幸一
私は1977年、新築されたばかりの札幌医大がん研究所分子生物学部門(現フロンティア医学研究所ゲノム医科学部門)に助手として着任し、藤永 蕙教授のもとでアデノウイルスの遺伝子の構造と機能に関する研究を始めました。2000年には一般教育(現医療人育成センター教養教育研究部門)の生物学の教授職を拝命し、研究から教育に重点を移しこれまで活動してきました。この間に、皆様方から数々のご厚情を賜り、お陰をもちまして無事定年退職を迎えることができました。
私が着任した1977年には、DNAの塩基配列の分析技術と遺伝子の組換え実験の技術が開発されました。新しい技術は新しい世界を開くと言うように、がん研究の世界に与えたインパクトは顕著です。1981年に最初のがん遺伝子H-rasが膀胱がんの細胞からクローニングされ、1986年には最初のがん抑制遺伝子Rbが遺伝性の網膜芽腫から分離されました。その後、がん遺伝子やがん抑制遺伝子、それらの変異がいろいろな種類のがんにおいて、次々と明らかになりました。一方、白血病や肉腫では特徴的な染色体転座が多くみられ、異なる染色体上の遺伝子が結合して融合型がん遺伝子がつくられます。私どもは、t(17; 22)型の染色体転座をしめすユーイング肉腫において、E1AF遺伝子とEWS (Ewing’s sarcoma) 遺伝子が結合することを見出しました。がん研究所での研究をふりかえると、丁度「がんは、がん遺伝子とがん抑制遺伝子の機能不全によって起こる」という基本的な考えができあがる時代と重なります。ここで、がん研究に専念できたことは私にとってこの上ない喜びであります。
一般教育の生物学の講義を担当するようになって、教室後方の座席にひそむ問題に直面しました。大教室に大勢の学生をあつめて授業をするのが、大学の講義の一般的なスタイルです。ところが、授業を聴くことに積極的でない者が教室後方の座席にすわる傾向があって、この人達の成績がなかなかあがりません。実際はどうなのか、本学医学部1年生の後期の授業において、座席の位置と試験の得点の関係を調べました。その結果、学生は毎回の授業においてほぼ同じ位置の座席にすわること、そして定期試験の得点は、後方の座席にすわる者が前方や中央にすわる者に比べて統計学的に有意に低いことが分かりました。さらに、2年終了時の基礎医学20科目の総合得点を追跡調査すると、1年次に後方に座っていた者は2年次もまた成績が振るわない人が多いことが分かりました。このように、教室後方に座っていると、試験の得点が低くなるリスクに曝されます。教員も学生も、暗黙のうちに後方座席にリスクがあることを感じています。そこで、事例をあげてデータを説明することで、学生がリスクをしっかり認識することができます。後方座席のリスクを明確化することで、成績下位層のレベルアップにつながると思います。
最後になりましたが、在職中、札幌医科大学の教職員の皆様方から数々のご支援とご指導を賜りましたことに心から感謝申し上げ、退任の挨拶とさせていただきます。