退任教授・役職者

病院長を経験させていただき、将来への期待を込めて

消化器・総合、乳腺・内分泌外科学講座 教授 平田 公一

 病院長の職を経験させていただく中で充実した時間を与えてくださったことに感謝いたしております。その職務を支えてくださった島本学長を始め、多くの学内教・職員の皆様、そして学外からもご貢献下さった方々に、「ありがとうございました」の一言をもって私の心中として要約させていただきますことをご了承ください。

 このたび医学部同窓会会長よりご指示を賜った本誌におけるこの一筆は、企画としてこれまでになかった最初のご提案とのことでした。私としては執筆に戸惑う気持ちを生じましたが、そのご高配については自身を振り返る機会を与えていただいたものと考え、厚く御礼を申し上げる次第です。

 さて、毎年のことですが大学と同様に病院においても、前年度に経営事務局部門と共に病院経営方針としての計画・提案・企画を作成します。いわゆる目標を盛り込んでの公表ともなります。この2年間、幸いにも、予想以上の成果を上げることができました。おかげさまで収入増により、施設のソフト・ハードの両面で改善・充実を図ることができました。病院の総合力の結果と言えます。医学部、保健医療学部の教師陣による協調路線として具体的な動きをとれたことも大きな力となりました。そして病院長を終えての今の印象としては、大学の独立法人化前に私が考えていたこと、推察していたことについて再確認・実体験をさせていただいたとの思いです。緊張の毎日もありましたが、想い出深く脳裏に残っていることも少なくありません。そして心情的には病院のソフト・ハード面でまだまだ満足できぬことが多く、特にヒトとしての心と気遣いの充実はもっともっと必要なのではないかという思いがあります。そこで今後の皆様のお仕事やご判断の展開の為にお役に立てられるならば、と願い、回顧録にとどめることなく、主な今後に課せられた問題を概括的に触れさせていただくこととします。

 個人的には幸いにもこれまでの本学のトップリーダーの方々のご指名を受けて、多種にわたる大学教育領域そして病院業務領域における役職を賜って参りました。多くの経験をさせていただき、大学における病院の位置付けや事務局間の人事交流状況もある程度解った上で病院長職の仕事に入ることができました。一方で、大学全体、病院全体を経営の視点からに徹して責任をもって展開させようとの意気込みについては、14年前に医療材料部長を担当させていただいた時の学長からの至上命令とも思われる改革に手がけて以来の感じと思っておりました。そしてその過去の経験が大変に役立ちました。人生においては無駄な経験などはなく、懐かしく十数年前のことを想い出しつつも新しい仕事をする機会となりました。困難を感じる場面にあっては、過去の事実となりつつある「大学組織の独立行政法人化」の議論を想い出しました。経営問題と組織運営課題です。思い起こすと法人化以前にあっては大学管理者においてさえも、経営問題について討論する機会が少なかったと思います。財務面を教授陣が語ることなどは低品位なこととのご指摘をいただいた時代もありました。振り返るとある意味で幸せな時代だったと言えます。また、15年以上前にあっては、大学組織の動きは今とはかなり異なっており、教員の責任は今ひとつ不明でした。当時の自身の自覚を振り返ると、大学がどのようにして動き、決定プロセスがどうなっているのか、独立法人の意味することは何なのか、などについてはあまり深く考えておりませんでした。一方、学外活動、例えば外科系、腫瘍系、消化器系等の学会において役職をいただく中で数々の会議を通じて、敬愛させていただいていた当時の他大学の学長、医学部長、病院長あるいは文部科学省、厚生労働省のお役人さんなどからは、幾度となく大学法人化に関する話を耳にいたしておりました。危機感を煽るかのようなお話もありました。ただ、最終的な印象として残ったことは、「大学の躍進力を醸成するパワーの有無が大切」と「自身への問いかけ(自己評価)・競争能力の有無が、大学の将来を左右する」ということで、それが大学の生命線になっていくということでした。やはり「研究」、「高等教育」の大学として特性を社会に示し、その結果、常に前進できる内からの「運営力」、「財務力」を導ける高信頼性の体制が構築されているのか、その継続性があってこそ大学としての社会的評価が得られることが大切になっていくということでした。即ち、確固たる大学の理念の下、国際競争の観点から研究とそのための高レベル教育がなされていなければならないということでした。

 そのことを想い出し、私が在職中にあっては、将来の札幌医科大学附属病院の展開を目指す為の基礎作りとの思いで、とくに私の近傍でお仕事をしてくださった方々には、「高く目標を掲げよう!!」とお願いし、皆で行うべきことを希望としてではなく、目標として設定しようとお話させていただいていた次第です。具体的には、

(1)信頼・安心の病院環境作りを目指す一環として、ヒトの心を表現している病院となること、そして患者さんの満足度の向上でした。大学の三大基本理念のひとつである「人間性豊かな医療人の育成」において、病院では何ができるかを実践したいと考えてみました。病院目標として体裁を整えた正確な言葉を掲げるだけでは、本物を生み出しえません。良き行為を強制したとしても適切な行為へとは繋がりません。Hospitalの語源はHospitalityのそれと同じであることは周知のことです。これらの意味するところは、いまどきの言葉でいうといわゆる「おもてなし(・ ・ ・ ・ ・)の心」です。高度の医療を提供できているのは、大学病院としての施設環境の充実性と人材育成環境の必然性から当然のことと思わなくてはなりません。したがって、高所から見下ろしての医療者-患者間関係は、今日ではあるべき姿とは言えません。せっかく質の高い医療を提供していても、きめ細かな観察と接遇力が低ければ、患者さん、ご家族は充分な満足、納得を得られません。その解決には、医療現場においてこの重要性を認識し、しっかりと教育・実践する指導者数を多くする必要があります。そこで先ずその第一歩として、私自身で為し得ることとして、声をかけさせていただくことにしました。以前よりお声がけさせていただいていたこともあって、全く苦にならぬことから始めてみようとの思いでした。患者さん、職員さん、学生そして外来者の全ての皆さんに「おはようございます」、「こんにちは」、「ごくろうさまです」の声かけに尽力致しました。苦手だったのは学生に対してでした。また、十分に解りあえている先生方や職員の方々とはeye contactでのご挨拶や会釈も許してもらいました。Customer’s delightとするためのcustomer’s satisfactionの入り口として、挨拶の発声とソフトな表情をもっての心の表現が必要であることを肝に銘じつつ院内を歩いたものです。気になっていたひとつの環境状況として、職員間に大きな差を生じている就労環境状況が課題であると感じていました。過重な医療業務を行っている方々にあっては気持ちの余裕がなくなりがちです。そのような時には上記の行為についてはなかなか自然体として表わしにくいのではないかと思いました。そこで、その改善を図るべく工夫をしました。何とこの件については、平成26年度からの診療報酬改定のコンセプトにおいても具体的に導入されました。これまで、そもそも国家の価値観が国民の心を優しくしようとの形で政策・制度として反映されておらず、医療の冷たさについても改変できぬこととなっていましたが、その改善を制度として導入することをようやく厚労省は承知して下さったと言えます。本院として、本制度の導入をどうするか否かについては今後の課題となっています。多くの職員が、己れ自身が個人的に厳しい状態(例えば、病人など)を迎えた立場になるまでは気付かず、その時になって初めて、ヒトに対する己の心に不足のあったことに気付き、反省の弁を語るということを目にすることがあります。止むを得ないことかもしれませんが、そのようでは医療人の資格としては十分ではありません。われわれは院内で常に如何なる精神性をもってヒトと接すべきか、そこに慈悲・奉仕の精神を欠落させずに医療へ携わること、姿勢として表情と言葉でそれを表せること、が如何に大切か。これらについては自然体の日常的姿勢の中で、医療に携わっていただきたいと願っているところです。

(2)大学病院の医療の質向上に向けて先ず中間職位や若い方々に躍動性を帯びて仕事をしていただきたいと願いました。
医療の質が良ければ、相対的に早期の治療・軽快へと結びつくはずです。しかし、大学病院にご紹介をいただく治療対象者(患者さん)には、その病態が難しい場合が少なくありません。そのような患者さんにおいてほど、各種の専門的立場にある医師、看護師さんをはじめとする医療従事者の献身的姿勢が必要となります。そして支援に精通する事務局構成も必須で、さらには職種別にさらなる専門家へと育っていただくことも大切です。そのためには先ず個人の意気込み、意欲の発生が必須です。優秀な若者からそのような積極性を引き出す環境作りには、管理者らが高邁な理念を持ち合せ、教育上の在り方とその必要性に対するコンセンサスを形成すること、そしてそのことに基づく発言、行動が重要となります。幸いにも、病院の管理職の皆様や病院事務局トップの方々から暖かい支援を寄せていただきました。難しい決定については一任させていただいておりました。結果として、専門職の教育に対し増収分の執行、人的余裕作りを背景として優秀な人材を育成する為の看護師・看護助手の増員、社会的・精神的支援を担当する社会福祉士あるいは専任看護師の増員とその医療連携・総合相談センターへの配置、臨床栄養学的視点から質の高い栄養支援を目指しての管理栄養士の増員と機能的改組としての配置、などにより、患者さんの病態改善、利便性と安心の供与を目的として構成しました。このためには電子カルテ内への項目導入を行ない、仕事効率の向上を図りました。ひいては密度の高い医師・看護師の医行為への専念誘導を図りました。同様の目的で病棟薬剤師の増員による全診療科への配置、なども薬剤部長の協力のもと2年間で完全実施できました。これらのすべては、もちろん島本学長のお考えに添ったものであり強いご賛同、ご指導があったゆえの成果です。その決定の背景については、“チーム医療”の確立と医療従事者間の医療の質に関する意識の高揚、それらの結果として高質な理念を持つ病院組織の構築という展開を期待してのことでした。なぜ必要かというと、患者さんにあっては一旦、病院に入り職員と接したとたん、その病院の質・姿勢というものを即座に感じうるものだからです。教育による意識向上への誘導も必要ですが、自然と沸きあがってくる能力は根源的な環境要因となります。したがって職員採用にあたっては、安易な妥協を図らずに採用条件を厳しくしていただくことを強く願ったものです。そして、このように構成された体制を今後どう生かすかについては、トップリーダー陣の意気込みがしっかりしていなくてはなりません。指導者の人材能力が組織の将来を左右します。職場に人が増えることで、日々の仕事量が減少するようであれば、その診療部内は病院にとって負担部門となり、無駄な一途をたどるかもしれません。医療、研究、教育について、医療人皆が立派なリーダーであろうと意識していただき、高質・高密度の医療の提供に尽力する組織にしなければなりません。

(3)大学人として最も力を入れたかったことは、「国際的・先進的研究の推進と支援」でした。この点で病院として出来ることは、大きく2種あると考えました。その一つは臨床研究の支援体制の確立です。その二は治験ゆえに保険診療対象外として位置付けられる患者さんの診療費用を病院として支援することです。治験、一部の臨床研究にあっては入院治療費の全面的・部分的支援が必須となります。このことも、おそらくほとんどの職員は認識していないと思います。現在本院で実施されている治験のシーズについては、国内から発信されている他の多くの研究シーズ群のなかでも、行政府からはもちろんのこと世界の研究者からも注目されている内容のものです。それだけに皆さんと共に期待に違わぬよう成功を収めることが本学の責務と言えます。このような研究シーズをご提案し、牽引下さっている先生方にあっては、言葉に言い尽くせぬ努力を払われており、本学が大学として在るための重要人物とも言えましょう。極めて高額の研究費も獲得して下さっています。したがって我々は本院の構成員として、提案者と共に仕事ができているということは幸運であると認識していただきたいと思います。是非、成功に結びつけ、世界の多くの患者さんの希望へとつなげたいと願うところです。一方、治験そして高レベルの臨床研究はリスクを有し、責任を伴います。しかし、牽引者にあっては、是非堂々と前進していただき、研究の本質業務に専念していただきたいと思います。それ以外の点の負担をできるだけ回避しうる体制を病院としては整え、支援できる人材を配置せねばなりません。治験センターそして病院課治験管理部門に専門職そして有用な人材を登用し、関連必要経費については病院の財務から必ずや支援させていただくことを肝に命じ、一歩一歩確立して参りました。今後の治験・臨床研究の拡大あるいは新シーズ提案時に病院としてとるべき姿勢の事例を不十分ながら示しえたと考えています。

 さて、高質医療提供の一貫として、上記内容に加えハイブリッド手術室(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)Da Vinci(・・・・・・)購入によるロボット手術(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)の実践などを可能としました。その体制整備の必要性については、北海道の最先端医療を担う機関と自負する本院の立場にあっては、これらの新規医療に対する人材育成と技術支援を積極的に行ない、地域としての先行的導入でなくてはなりません。そのためには当然、病院としての全面的支援が必須となります。その結果として円滑に実績が積まれてきたと考えています。

 体制を充実させるには、日々何を意識し、どう決定し行動していくべきか、を中堅以上の管理者にあっては常に考えて下さることを希望しました。仕事が我々を追いかけてきますし、時は瞬く間に過ぎ去って行きます。一方で、将来構想へ向けての責任を意識しなくてはなりません。皆様とともに持ち合せる才能を発揮していただきたく願っていました。幸いにも本院には努力の余地はまだまだ十分に残っています。機能を拡大させる余裕は十分に存在します。

 現在のリーダーにあっては心の感度をさらに上げていただき、模範となるべく私的判断や私欲を今は二の次、三の次にしていただき、病院運営にご尽力を賜わりたく願う次第です。そうするとさらにrespectされることとなりましょう。道民医療の向上ひいては国際的医療貢献へ目標を設定し、病院執行部は高い理念を抱き、それを一層支えていただきたいと願います。病院そして大学の発展の為に共にさらに一歩踏み込みましょう、の一語を繰り返させていただいて、ご挨拶の結びとさせていただきます。