生化学を基盤とした研究を行ってきた。
<背景>
我々はかつてない高齢化社会を迎え、それに伴い認知症患者が増加し続け、患者数が10年前の2倍近くに増大し、大きな社会問題となっている。認知症の中で最も頻度が高いアルツハイマー型認知症(AD)に対する治療と進行遅延への対策のために、分子生物学的研究結果を基にした戦略が注目されている。
ADはNINCDS-ADRDA,ICD-10,DSM-IVをはじめとする複数の診断基準が存在し、確定診断の困難さを持つ。また、患者数の多さに対して専門医数が少なく、専門医以外の診断による対応が実際のところ行われる。
一方、高齢化に伴って気分障害(鬱)による認知機能障害が多く現れ、「治療可能な鬱」と「変性疾患のAD」との区別の必要性がある。しかし、高齢者の鬱は、ADや他の疾患に随伴することも認められ、高齢者の複雑な症状ゆえの困難さが問題である。
ADが神経変性疾患でありながらもヒトの高次機能障害のため、AD研究のための有用な動物や細胞モデルが乏しく、研究の困難さを極めている。また、高齢になるに従いAD有病率が増加することは、老化との関連が伺える。すなわち、時間の経過に伴う生物の諸機能の低下がAD発症に結びつくことが考えられる。
ADの生化学的特徴は、異常代謝産物(42残基ペプチドAβ42)の過剰産生により、このペプチドが脳内の様々な代謝過程に影響を及ぼし、酸化的ストレスやCa2+-ストレスを引き起こすことである。また、Aβ42自身がオリゴマーを形成し細胞膜に入り込んでCa2+-チャネル活性を持つ、機能障害の分子機構が明らかになってきている。
<これまでの研究結果の概要>
ADがCa2+-ストレスと関連することを基に神経培養細胞を用いて、分泌蛋白質のプロテオーム解析を行った結果、Aβ42による細胞死が起こる前から細胞培養液中にCa2+・リン脂質結合蛋白質アネキシンA5が増大することを見出した。すなわち、アネキシンA5がAβ42により細胞外に分泌されることが示唆された。更に、老年精神医学専門医の確定診断を受けたAD患者150名、老人クラブ会員である健常高齢者280名の血漿アネキシンA5を調べたところ、カットオフ値2.19ng/mlで、感度82%、特異度78%でADと健常者を識別することができた。このように血漿アネキシンA5は有用なマーカーとなる可能性が示されている。
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