最近のトピックス

Histo-blood group antigensとノーウォークウイルスに対する感受性


国立感染症研究所ウイルス第二部 武田直和


 カリシウイルス科に属するウイルスは、Lagovirus、"Norwalk-like viruses (NLV)"、"Sapporo-like viruses (SLV)"、Vesivirusの4つの属に分かれる。NLVとSLVの正式な属名については、現在、ICTVのECにおいて検討中である。カリシウイルスに関するここ1年間のトピックスを、いくつかの研究分野に分けて話題を提供したい。

 昨年のプラスRNAウイルス会議や今年の国際ウイルス学会の報告、さらに最近のペ−パーで、ノーウォークウイルス(NV)の腸管上皮細胞への結合は、個人に固有のHisto-blood group antigens(組織・血液型抗原)で規定されていること、さらに、NVの血清型によって異なる組織・血液型抗原が結合には使われるらしい、ということが発表された。ノーウォークウイルスと感受性をめぐる最近の知見を紹介してみたい。

 組織・血液型抗原は、赤血球や上皮細胞に発現し、抗原型を規定している膨大な数の分子のうち、ABH型抗原(O型は単に抗原物質が欠如しているのではなく、H型の抗原を持っている)とLewis型抗原をさす言葉である。ABH型抗原もLewis型抗原も、細胞表面にある糖タンパクや糖脂質の一番外側にある複合多糖体で、末端にガラクトースをもつ1型から4型までの4種類のH型抗原前駆多糖体から産生される。この前駆体にフコースが付加され、それぞれH 1型、H 2型、H3型およびH4型抗原が産生される。ヒトではFUT1とFUT2の二つの遺伝子がコードするフコシルトランスフェラーゼがこの反応を触媒する。H型抗原にさらにN-アセチルガラクトサミンが付加することによってA型抗原が、ガラクトースの付加によってB型抗原が産生される。FUT2遺伝子が変異によって不活化すると、消化管、気管などの上皮細胞にABH型抗原が発現しなくなる。また、唾液にも分泌されなくなる。これはヨーロッパや北米に住む人の約20%にみられる表現型で、nonsecretor(非分泌型)とよばれる。これとは対照的な表現型がsecretor(分泌型)である。Lewis型抗原はH型抗原前駆多糖体やH型抗原にフコースが付加されて産生される点ではABH型抗原と同じであるが、付加をうける糖鎖と結合様式がABH型抗原とは異なるため別の抗原性をもつ分子となる。Lewis型抗原の産生にはFUT3遺伝子にコードされる別のフコシルトランスフェラーゼが関与する。

 ウサギカリシウイルスのRabbit Hemorrhagic Disease Virusが、細胞への吸着にH2型抗原を使うということが発端になり、NVでも同じことになっているのではないかという発想のもとに実験がおこなわれた。ヒトの十二指腸の上皮細胞切片とNV/68株のVLPの結合を免疫組織学手法でしらべたところ、結合はsecretor(分泌型)遺伝子を持つ個人だけでみられ、非分泌型では全く結合がみられなかった。ABO型あるいはLewis型と結合との間に明確な関連がみられなかった。この結合はα1,2-fucosidase処理で消失し、H1型抗原の末端糖鎖の配列をもつ合成糖鎖や抗H1型抗体で前処理することによって完全に阻止された。H3型抗原のそれらでは部分的に阻害された。さらに、唾液をコーティングしたELISAでNV/68 VLPとの結合をみると、やはり非分泌型ではみられず分泌型の人からの唾液だけでみられ、抗H1型抗体と抗H3型抗体であらかじめ処理することによって結合阻止も観察されている。α1,2-フコシルトランスフェラーゼ遺伝子が欠損しているためにABH型抗原が発現していないCHO細胞やTS/A細胞に、ヒトFUT2のホモログであるラットFTBα1,2-フコシルトランスフェラーゼ遺伝子を発現させるとNV/68 VLPが結合するようになる。以上から、NV/68 VLPは分泌型表現型をもつ人のH1型抗原あるいは、H3/4型抗原、もしくは両方を使って結合すると結論された。この形質転換したCHO細胞に結合したVLPは37℃で細胞の表面から細胞内に取り込まれ、核の周辺に移動することも観察されている。同様の観察は分化したCaco-2(全てのH型抗原が発現している)では見られるが、未分化のCaco-2(H 2型抗原のみが発現している)ではみられないことも明らかにされている。

 上記のレポートほど詳細な解析はなされていないが、NV/68を使ったボランティアの感染実験での感染率と血液型の比較から、O型の感染率と発症率が著しく高いこと、これに反し、B型では感染と発症のリスクが低いことが報告されている。この場合もNVの感染、発症と遺伝学的な要因の関連が指摘されている。

 以上は、ひとつの血清型のNVでのデータであるが、血清型を増やして実験をしてみると、ことは簡単ではないことが分かってきた。ある血清型のVLPは分泌型のA型とB型を、別のVLPではA型、B型、O型が、さらにこれらとは別のVLPではA型とO型が結合に使われること、またさらに別の血清型のVLPは、これらとは対照的に非分泌型をリガンドに使っているという。今後、VLPを用いた実験で、個々の血清型と組織・血液型抗原の関連が検証されていくものと思われる。

 「あの人は一年に一度は必ずカキにあたってるのに、あの人はあたったためしはない」ということをよく耳にする。ノーウォークウイルス(NV)が原因となった食中毒事件の報告書をみると、同じ料理を食べているにも拘わらず、全てのヒトが発症しているわけではない。我々はなんとなく腑に落ちないと感じつつも、これに対して、発症しなかったヒトは自然抵抗力があったのであろうとか、たまたま食べる直前に同じウイルスに不顕性に感染していて腸管IgA抗体があったのだろう、などと納得してきた。上に述べた知見はある程度の回答を与えてくれたように思う。

 ウイルスの結合は、即、感染を意味しないし、感染はまた、即、発症を意味はしない。しかし、結合しなければ感染は成立しないのであるから、全てではないにしろ結合過程がウイルスの病原性とヒトの感受性を規定しているはずである。組織・血液型抗原がこれのみでレセプターとして機能するのか、あるいは結合に続く過程には他にアクセサリー分子が関与するのか、今後の展開が楽しみである。


←Back   抄録目次   Next→
トップページへもどる