退任のご挨拶

札幌医科大学名誉教授  今井道夫

 平成元年10月に札幌医科大学に奉職し、20年半お世話になりました。医学部哲学助教授として6年2か月、医学部哲学・倫理学教授として12年10か月、医学部には都合19年間、在職いたしました。残りの1年半は医療人育成センター教授・センター長を務めました。

 この3月末まで多忙であったため、4月に入ってから研究室の片づけをしております。書類の処分、書物の整理をしています。医学部においては、通常の教育・研究のほか、神保医学部長のもとで4年間、入試等担当の副学部長を務めました。その頃の書類なども多少は目を通したうえで処分しております。入試については当時、多様化をはかり、面接を全面導入し、また広報活動に力を入れるなど、積極路線で頑張ったことが思い出されます。先生方に過重な負担をかけることにもなり、批判は免れません。ただ、大学として種々、経験を積むことになったわけで、それを今後に生かしていただけたらと思うばかりです。そのほか、倫理関係のいくつかの委員会でも活動しました。

 私は西洋哲学専攻で、札幌医大に赴任する前は科学論やドイツ哲学・思想史を中心に研究しておりました。赴任後、当時、医科系大学で重要性を増してきていた生命倫理学に取り組み、それなりの仕事をすることができました。今後はあらためて元の専門に戻りたいという気持ちも強くなっております。生命倫理学関係についてもやり残したことはあるものの、医学との関係では、生命倫理学よりも医学哲学の仕事を多少ともまとめることができればと思っております。

 今日、大学で哲学の教育・研究をしている者は、哲学者というよりも哲学研究者というほうがあたっています。私もそうです。とはいえ、私たちの多くが、哲学者たらんとして哲学科を選んだというのもまた事実です。大学を退任して以後、もはやみずからの哲学体系を構築するのは無理だとしても、初心に帰っていささかでも哲学者をめざすことができれば、みずからの哲学的思索ができればと考えています。

 20年半、札幌医大で教育に携わっていて、立場上、気になっていたのは教養教育(一般教育)の在り方です。教養は重要だと思いますけれど、教養を「強要」するのはしっくりきません。加えて教養の中身をどうとらえるかという問題があります。これについてここでは議論できませんので、ひとつの思い出を紹介させていただきます。昭和49年に東日本学園大学(現、北海道医療大学)が創設されました。私は誘われて教養部のドイツ語講師になりました。初代学長は我が大野精七先生でした。創設時、教養部の教員を中心に10数名の教員しかいなかったこともあり、私のような者も大野先生と1度ならずお話をする機会がありました。ドイツ語が達者で日独交流に尽くされていることなどを存じておりましたので、初対面の懇親会のときに、先生はドイツ語がとても堪能とうかがっておりますが、とおたずねしました。すると先生は、いやあ、僕は今はフランス語のほうに力を入れていて、毎朝、NHKのラジオ講座を聴いているのだよ、とのご返事でした。先生は当時、80代後半にさしかかっておられました。

 大野精七先生を初代学長にいただく札幌医大ですから、教養教育をどうするかという堂々巡りの議論に終始することなく、教養がおのずと体現されている大学になってほしい。私はそのように念願しております。

 永いあいだ、たいへんお世話になりました。皆様の益々のご活躍とご健勝を祈念しております。