Entered: [1998.03.24] Updated: [1998.04.07] E-会報 No. 41(1998年 3月)
第14回 分子生物学シンポジウム

2.テロメアの分子生物学
東京工業大学・生命理工学部
石川 冬木


 テロメアは染色体の末端部分に相当し,染色体の安定な維持に必須な機能ドメインである.テロメアDNAは,TとGに富む単純な配列のタンデムリピートからなり,酵母,原生動物,植物,多細胞動物にわたるほとんどの種の間で非常に良く保存されている.しかし,テロメアの機能はテロメアDNA単独で果たされるわけではなく,その他にテロメアDNA特異的結合蛋白質やテロメレースなどのテロメア特異的構成要素,あるいはヒストンなどの非特異的な構成要素が集合してテロソームとでも呼ぶべき巨大なドメインを形成してはじめて機能をもつ.そのような巨大なテロメアドメイン内の機能分子間,あるいはテロメアとテロメア以外の染色体ドメイン,細胞装置ドメインとの間には信号伝達にもとづくフィードバック機構の存在が予想されるが,その分子論的詳細は明らかではない.しかし,近年さまざまな種においてテロソームを構成すると思われる分子が同定されつつあり,我々はテロメア機能を改変することも可能となってきている.そのようなinputに対する結果を観察することで,テロメアやゲノムの驚くべき可塑性・「しなやかさ」を実感することができる.これは,進化の波に耐えてきたゲノムの知恵であろう.そのような例として,分裂酵母におけるテロメア機能異常変異株に見られた興味深いゲノム再構成現象と,癌細胞で見られたJumping translocation (JT)と呼ばれる現象をご紹介したい.これらはゲノムストレスに対するゲノム応答の一例である.

 哺乳類テロメレースは,細胞の老化やがん化との関連が示唆されており精力的な研究が行われている分野である.最近,ヒトテロメレースの構成蛋白質としてhTRT (human telomerase reverse transcriptase)とTLP1 (telomerase-associated protein 1) が同定され,それぞれの遺伝子がクローン化された.それらの新規蛋白質の役割について議論をしたい.

 染色体を複数の必須な機能ドメインをもった遺伝情報の乗り物 (vehicle) と考え,その乗り物が機能する仕組みを明らかにすることが今後の染色体研究の大きな焦点である.テロメアやセントロメアは車のエンジンや車輪にたとえることができるが,それらが車として動くためには「車の操縦」という約束事が必要である.ゲノムが機能するために必要な染色体ドメイン間あるいは染色体とその他の細胞内小器官との間の約束事を我々はゲノム・オペレーティングシステム(ゲノムOS)と呼ぶことを提唱しているが,わが国における染色体研究の草分けの地である札幌において,その意義を議論したい.


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編集幹事:松岡 一郎 matsuoka@pharm.hokudai.ac.jp