Entered: [1998.03.24] Updated: [1998.04.07] E-会報 No. 41(1998年 3月)
第14回 分子生物学シンポジウム

1.植物の情報伝達 −病傷害ストレス応答とMAPキナ-ゼ−
農水省農業生物資源研究所・分子遺伝部
大橋 祐子


 植物に固有な病気に対する抵抗性機構として,病原体の侵入を受けた細胞が病原体もろとも自爆死して,病原体の全身的蔓延を阻止する“過敏感反応(Hypersensitive Reaction: HR)”が知られています.HRの結果,死んだ細胞の集団が病斑として認識されます.この病斑形成は,同じ植物の未感染部位に病原体侵入の緊急情報を発信し,植物体全身にさらなる病害抵抗性を誘導させます.このようなHRによる病害抵抗性獲得の機構を明らかにすることは,病害抵抗性植物の作出や,新しい農薬の開発など,実用面においても重要と思われます.私たちは,この機構を分子レベルで解明することを目的として研究を行ってきました.

 HRの初期に特異的に発現する遺伝子群を単離する中で,MAPキナ−ゼホモログをコードする遺伝子を見つけました.このmRNAは健全植物には見つかりませんが,傷をつけた葉や,その上位葉に1分以内に検出されるようになります.環境ストレスに対してこのように素早く応答してその転写産物を増加させる遺伝子は,動植物を含めて今までに知られておりません.さらに, この遺伝子を導入した組換え植物を用いた実験から以下の事実が明らかになりました. “傷 - ジャスモン酸 - 傷応答遺伝子の発現”という傷害情報伝達経路において,ジャスモン酸は傷害シグナル物質として必須ですが,このMAPキナーゼホモログは傷害によるジャスモン酸の誘導を制御しているらしいのです.しかもこのキナーゼは,病害抵抗性誘導に重要なシグナル物質として知られるサリチル酸のレベルの制御にも関係していることが分かりました.すなわち,この遺伝子の働きが抑制されている植物では,傷害によって本来増加する筈のジャスモン酸が増加せず,傷害では増加しない筈のサリチル酸の異常生産が起こったのです.そして,この植物はウイルス抵抗性を獲得していたのです.最近,さらに,傷害によるジャスモン酸合成の誘導は,このMAPキナーゼホモログのリン酸化による活性化の後に起こることも明らかになりました.

 植物における傷応答は,動物における発熱や痛みなどで知られる炎症応答と良く似ています.ジャスモン酸の構造は,プロスタグランジンやロイコトリエン等の構造とよく似ていますし,サリチル酸やアスピリンによってこれらのシグナル物質の合成は同様に阻害されます.上述のMAPキナーゼホモログは,傷害シグナル伝達の根幹で働くキナーゼと考えられます.これと相同遺伝子の存在やサリチル酸合成系は動物ではまだ知られておりません.

 本講演では,植物における病傷害ストレス応答におけるサリチル酸とジャスモン酸の情報伝達経路とこのキナーゼの役割に関して話題提供します.

参考文献


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