札幌医大・第1内科
癌の進展に関連する分子には多くのものが知られてきており,その制御を考えることは癌の治療に新しい道を拓く可能性がある.上皮細胞の分泌する粘液の主成分であるムチンは近年分子生物学的手技によって次々にコア蛋白の cDNA が得られ,その共通する構造や特徴が次第に明らかにされてきた.すなわち MUC1−MUC7の cDNA がクローニングされ,MUC1についてはその機能を含めて極めて注目すべき新しい展開がみられるようになった.
本講演においては,我々の成績を含めて現状を述べ,今後を展望したい.MUC1遺伝子産物は20個のアミノ酸タンデム・リピートよりなるが,我々の作製した抗 MUC1コア蛋白モノクローナル抗体 MUSE11を用いて検討すると,正常上皮にはほとんど検出されない.一方,癌部で高率に反応性を認め,消化器癌の診断に有用であることが明らかにされた.このように癌に選択的に出現する機序を検討した結果,癌細胞の産生するMUC1ムチンにおける糖鎖の形成不全が示唆された.
次に MUC1分子の機能の一端を知るため,MUC1遺伝子を種々の培養細胞株に遺伝子導入し,細胞接着に及ぼす影響を観察した.その結果,MUC1分子は抗接着作用を有することが明らかにされた.また,興味あることに癌の浸潤とも関連することが示唆された.
さらに骨髄腫患者の未梢血リンパ球を MUSE11抗原陽性癌細胞株により刺激し,CTL line TN を作製した.その表面マーカーはCD3,CD8,αβTCR 陽性で,γδTCR 陰性の典型的な CTLの phenotype を示した.これらは上記癌細胞株に強い障害活性を示した.TN の障害性は抗 HLA−class I 抗体によっても抗 HLA−DR 抗体によっても明らかな抑制は受けず,HLA 拘束性をもたないと考えられた.この CTL の対応抗原をさらに明確にするために MUC1の transfectant を作製した.この細胞株に対する障害性を検討したところ,MUC1を導入した細胞は非常によく障害されたが,コントロール細胞は,障害されなかった.したがって CTL の対応抗原は MUC1そのものであると考えられた.すなわち,MUC1分子に反応するTリンパ球反応を誘導することができた.
次に MUC1等のムチン型分子の糖鎖に着目して検討を行った.O-グリコシド結合型糖鎖(O-糖鎖)合成の最初のステップ,すなわちセリンあるはスレオニン残基にGalNAc を付加するヒト GalNAc:ポリペプチド・トランスフェラーゼの cDNAクローニングを行った.これを発現ベクターにアンチセンスに組み込み,本酵素を発現している胃癌細胞株 JRST に導入してstable transfectant を得た.本 transfectant では,O-糖鎖の合成低下のため,細胞表面糖蛋白の糖鎖が減少していると考えられる.その結果,エフェクター細胞がアクセスしやすくなり抗腫瘍効果の増強が期待される.Transfectant の NK および LAK 細胞に対する感受性を,mockと比較した.その結果,NK および LAK 活性共に,mock に比較して約3倍の感受性を示し,O-糖鎖の合成阻害がこれらエフェクター細胞の作用を増強することが示唆された.O-糖鎖は蛋白分子をプロテアーゼによる分解から保護しているため,O-糖鎖の合成阻害は新しい癌治療法となる可能性がある.
現在,in vivo 実験も進行中である.