特別企画 [新しい下痢症ウイルス]

アイチウイルス

山下 照夫(愛知県衛生研究所)


 アイチウイルスは、1989年に生牡蠣が原因の食中毒患者糞便から当所にて初めて分離された。エンベロープのない、直径30nmの球形ウイルスで、8,279塩基の一本鎖、プラス鎖RNAをゲノムする。翻訳領域は1つで2,432アミノ酸をコードしピコルナウイルス科に属している。遺伝子構造はエンテロウイルスと似ているが、構造タンパクの上流に170アミノ酸からなるLタンパクをコードする領域が存在する。遺伝子の各領域の塩基配列を系統樹解析すると、ピコルナウイルス科の既知の属とは独立して存在するため、新たにコブウイルスKobuvirus属アイチウイルスAichivirus種に分類されている。コブの由来は日本語の「瘤」である。エンテロウイルスと比べて粒子の表面がゴツゴツしていることから命名された。血清型は1つでA、B型2種類の遺伝子型に分類されるが、2008年にC型の存在が報告された。また、下水中にはA、B、Cいずれの型にも属さない独立した遺伝子が検出されており、血清型の異なるウイルスの存在が予測されている。コブウイルス属には、他にウシ由来のウシコブウイルス種がある。

 1987年〜98年の12年間に発生した愛知県の37食中毒事例中12事例(32.4%)からアイチウイルスが検出されているが、11事例は生牡蠣が原因であった。他の調査でも、生牡蠣が原因の集団発生事例を始め、市販牡蠣からのウイルス遺伝子の検出や、牡蠣塩辛が原因の食中毒患者糞便及び原因食品からの検出報告がある。一方、牡蠣以外が原因の集団発生からはほとんど検出されていない。下痢症の散発例ではアデノ、ノロ、サポ、及びアストロウイルス陰性の小児患者糞便の約3〜6%からアイチウイルスRNAが検出されている。海外では、アジア諸国、ドイツ、フランス、ブラジル、チュニジア等からの検出報告があり、世界各地に存在するものと思われる。日本や欧州で検出されるアイチウイルスの多くはA型に属する。アジア諸国はA、B両型が検出され、ブラジルの株はB型であった。C型はアフリカのマリに旅行した子供から検出されている。

 アイチウイルスが分離され、ペア血清が得られた6事例の食中毒においては、患者56名中24名に有意な抗体上昇が認められている。抗体応答のあった24名の症状は、吐き気が91.7%、腹痛が83.3%、嘔吐が70.8%、下痢および発熱が各々58.3%であった。回復期血清中のIgM抗体が陽性で初感染と考えられた7名は全員が腹痛・吐き気・発熱を訴え、6名が嘔吐をしていた。アイチウイルスの年齢別抗体保有率は、4歳以下で7.2%と低いが、5〜9歳で17.8%、10〜14歳で31.9%と加齢とともに上昇し、30歳で約80%となる。サル、ウシ、ウマ、ブタ、イヌ、ネコからはアイチウイルス抗体は検出されない。下水処理場に流入する下水からは調査を行った全ての年に年間を通じて検出されており、わが国においてもヒトの間で常に感染が繰り返されていると推測される。


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