特別企画[新しい下痢症ウイルス]

マウスノロウイルス



マウスノロウイルス(murine norovirus, MNV)は2003年に米国で発見され、その後、培養細胞での増殖が可能なことが判明し、一躍脚光を浴びることとなった。当初は免疫系ノックアウトマウスに特有の特殊なウイルスとも考えられたが、2006年に米国の実験用マウスでの血清調査において高い抗体陽性率が報告され、通常のマウスでは持続感染を起こすことも示されるに至り、MNVが実験用マウスに広く分布している可能性が示唆された。そこで、我々も日本のマウスからMNVを分離・同定することを試みた。

材料としては、某大学の7研究室で飼育している健常マウス計37個体より糞便サンプルを採取し、PBSで10%浮遊液とした。これらの上清よりRNAを抽出し、MNVゲノムの5473から5659塩基の領域を増幅するプライマーペアを用いたRT-PCRによる遺伝子検索を行った。その結果、同一研究室の異なるコロニー由来の2サンプル(S1およびS7)から187塩基対の増幅産物がアガロース電気泳動で検出された。そこで、S1とS7の上清サンプルをマウスマクロファージ由来株化細胞であるRAW264.7細胞に接種したところ、両サンプルにおいてCPE(細胞の萎縮・溶解)を伴い増殖するウイルスが分離され、プラック形成も可能であった。ウイルス培養上清を超遠心で濃縮後、ショ糖密度勾配遠心により得られた分画では、感染価の最も高い分画に約60 kDaの一種類のカプシド蛋白のバンドがSDS-PAGEで示された。電子顕微鏡観察では直径約40ナノメートルの表面に微細構造を有する球形ウイルス粒子が観察された。両ウイルス株のカプシド遺伝子をコードするORF2の塩基配列を決定し、推定されるアミノ酸配列を比較したところ、日本株であるS1とS7間では99.1%の相同性で、米国株とのそれは95?96%であった。以上の性状より、分離された2株のウイルスはMNVと同定された。

MNVは比較的容易に細胞培養で増殖させることが可能で、培養不能のヒトノロウイルスの代替ウイルスとして、ウイルス複製機構の解明、不活化法や消毒薬の評価、抗ウイルス薬の開発などに貢献するものと期待される。加えて、かつてヒト特有と思われていたノロウイルスに新たな動物由来メンバーが加わったことはノロウイルスの起源と進化を考える上で大変興味深い。一方、Genogroup Vに位置づけられているMNVはヒトやウシのノロウイルスと比較して遺伝学的多様性が低いことと免疫学的に正常なマウスに対する病原性も低いことが示唆されており、その生物学的性状はヒトノロウイルスとは異なる点が少なくはない。今後はその相違を踏まえた研究展開が重要とも考えられる。


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