ほとんどすべての小児は5歳に達するまでには,少なくとも1回のロタウイルス感染を受け,約40人に1人が下痢症による脱水のため入院して治療を受けると推定されている。その数は日本では5〜8万人と見積られているが,世界全体では途上国の小児を中心に年間60〜70万人が死亡していると推定されている。このような状況を改善すべく第一世代のロタウイルスワクチンであるRotashieldが開発された。しかし,約1万人に1人の割合で腸重積症を起こす疑いのためメーカーが製品の回収を行った。
このため,経口投与型の弱毒生ワクチンであるRotarix とRotaTeqが第二世代のロタウイルスワクチンとして,6万人規模の安全性試験を経て完成した。しかし,腸重積症との関係で注意すべきは,この大規模安全性試験で確認されたことは「腸重積症の自然発生がほとんどない生後3ヶ月未満に初回投与を行えば,いずれのワクチンも先行ワクチンであるRotashieldより,高い頻度で腸重積症を起こすことはない」ということである。つまり,生後6週から12週の間に初回投与を行い,すべての投与を生後32週までに終えるという時間的フレームの外での安全性は確かめられていない。これらのワクチンが実際に広く使われるようになった場合に6ヶ月以上の小児に対する「腸重積症」に関する安全性は確立されていないことから,キャッチアップ接種は当面避けるべきであろう。
Rotarixは,ヒトロタウイルス89−12株を培養細胞で33代継代するというオーソドックスな方法で弱毒化し,プラーク純化した血清型G1P[8]の単価ワクチンである。Rotarixは単価ワクチンであるため,流行株がG1P[8]以外の血清型,とくにG2P[4]である場合に果たして期待される効果を示すことができるかどうかが最大の関心事である。また,凍結乾燥品なので緩衝液にといて,生後5週齢以降の児に初回投与を行い,その後,最低5週間の間隔をおいて追加接種する。すなわt,投与回数は2回である。
RotaTeqはウシロタウイルスWC3株を親株にし,防御に重要な中和抗体を惹起する血清型G1〜G4のVP7とP[8]のVP4タンパクをコードする遺伝子をヒトロタウイルスからとった5価の遺伝子分節組換え体ワクチンである。このワクチンは防御免疫がG血清型に強く依存するという仮説に基づいている。 液状なのでそのまま投与することが可能であるが,生後6〜12週齢児に初回投与を行い,以後4〜10週間隔で3回の投与が必要である。
ロタウイルスワクチンが画期的なのは,このワクチンを本当に必要とする開発途上国の子供たちに,先進国の子供たちと同時あるいはそれより先行してワクチンが使われ始めたことである。現在,いずれかのワクチンが認可され,使用されている国は米国,ヨーロッパ,オーストラリアなどの先進工業国および中南米,アフリカ,アジアなど,世界で60カ国以上に及んでいる。任意接種の国も多いが,ブラジルをはじめとして定期接種に取り入れた国もあり,この傾向を今後も加速度的に進めるべく国際的連携を強化する必要がある。
わが国にはどのようなワクチンが必要であるかということを検討する機関がない。ワクチンを販売しようとする製薬会社が医薬品機構に治験の申請をしてはじめて,ワクチン導入への道が開かれる。製薬会社は,国の公衆衛生施策としての必要性よりも,市場として成り立つかどうかを第一に考えるであろう。社会の中にワクチンを懇望する声が高まらず,また,どの製薬会社も,わが国のバースコホート(100万人)が小さくかつ定期接種には指定されないと見込んで(任意接種で生後2ヶ月までにワクチン接種をする子供はせいぜい10万人程度だろう),市場としての価値なしと判断すれば,わが国の子供たちがロタウイルスワクチンの恩恵を受けることができないということになりかねない。こうなれば最悪のシナリオである。