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第40回日米医学ウイルス性疾患専門部会の報告


長崎大学大学院医歯薬学総合研究科感染免疫学講座

中込 治


 第40回日米医学ウイルス性疾患専門部会は, 7月24日から26日にかけての2日半にわたり仙台市の国際会議センターで開催された。ウイルス性胃腸炎のセッションはスタンフォード大学Harry Greenbergと中込治の座長のもと2日目に行われ,米国側2題,日本側6題,合計8題の発表があった。内容的にはロタウイルスに関する演題が4題,ノロウイルス,サポウイルスに関する演題が4題であった。

 米国側2題の発表はいずれも座長であるGreenbergの発表であった。1題は「Rotavirus- A systemic infection: extra - intestinal replication in the mouse」であり,最近話題になってきているA群ロタウイルス感染の急性期に起こるウイルス血症(抗原血症)の問題を,彼らのラボで開発したプラス鎖およびマイナス鎖を区別できる特異的なRT-PCR法をマウスの感染モデルに適用して解析したものである。homologousウイルスであるマウスロタウイルスEC株と,heterologousウイルスであるサルロタウイルスRRV株とを感染させたところ,小腸以外では腸間膜リンパ節,肝,肺,血液,腎においてRNA転写が起こっており,とくに腸間膜リンパ節でもっとも顕著であった。EC株とRRV株とでは,EC株の小腸での増殖が1万倍以上よいにもかかわらず,腸間膜リンパ節でのウイルス転写は両株で同等であった。このことから,宿主域の制限は腸管外ではかかっていない可能性があること,また,ウイルスが増殖している細胞の主体が樹状細胞(およびB細胞)であることが報告された。

 もう1題は「Rotavirus transit through the secretory pathway: a new exit strategy」である。ロタウイルスは,二重層粒子(DLP)が小胞体の膜をかぶった後にVP4とVP7を獲得し,ゴルジ体を経ずに,(分化した腸管細胞の)管腔側(基底膜と反対側)から細胞崩壊が起こる前に排泄されることが知られている。そこで,成熟の最終段階の分子メカニズムを解明するために,成熟過程の粒子とraft(スフィンゴリピドとコレステロールに富み,管腔側細胞膜のトラフィキングに関与している細胞膜上の微小ドメイン)との関係に注目した。解析にはVP4とVP7およびNSP4に対するsiRNAを使用した。この結果,VP4とraftとの会合はERでの粒子形成を媒介して起こること,VP4が成熟粒子に取り込まれるのはERからの移行の後期に起こること,ロタウイルス粒子はERとゴルジ体との中間にあるコンパートメントからエクソサイトーシスの経路に入ることなどが明らかになったことが報告された。

 日本側の演題は,第一に,谷口孝喜(藤田保健衛生大)のグループによるロタウイルスのreverse geneticsに関するものであった。これは,SA11ウイルスのVP4トランスフェクタントを作成し,これをモノクロナーナル抗体の存在下でKUウイルスを使ってレスキューするという実験であり,念をいれてVP4に人工的な変異を入れたものもレスキューしている。第二に,中込とよ子(長崎大)と阪大微研会との共同研究である不活化ヒトロタウイルスワクチンの試作および仔ブタでの前臨床試験の結果の報告であった。精製ウイルス粒子をホルマリンで不活化した古典的方法でVP7を介する感染の予防が可能であることが報告された。第三は,牛島廣治(東京大)のグループによるイムノクロマト法によるノロウイルスの迅速で簡便な検出法の開発についてのものであった。本法はRT-PCRを基準にして感度70%,特異度92%を示したと報告された。第四は,片山浩之(東京大学)により,アジアおよび日本における環境水中のウイルス,すなわち,ノロウイルス,アデノウイルス,エンテロウイルスによる汚染が広く広がっている状況が報告された。第五に,武田直和(感染研)のグループにより,サポウイルスの全長cDNAからバキュロウイルスの発現系を使って昆虫細胞で自己集合するウイルス粒子(ウイルス様粒子)の作製に成功したとの報告があった。最後に,中込治(長崎大)がGlass(NIH)との共同発表という形で,ロタウイルスワクチン,とくに,最近世界各地で認可が進んでいるRotaTeqとRotarixについての現状について展望した。

 ほとんどすべての小児は5歳に達するまでには,少なくとも1回のロタウイルス感染を受け,約40人に1人が下痢症による脱水のため入院して治療を受けると推定されている。その数は日本では5〜8万人と見積られているが,世界全体では途上国の小児を中心に年間60〜70万人が死亡していると推定されている。このような状況を改善すべく第一世代のロタウイルスワクチンであるRotashieldが開発された。しかし,約1万人に1人の割合で腸重積症を起こす疑いのためメーカーが製品の回収を行った。

 このため,経口投与型の弱毒生ワクチンであるRotarix とRotaTeqが第二世代のロタウイルスワクチンとして,6万人規模の安全性試験を経て完成した。しかし,腸重積症との関係で注意すべきは,この大規模安全性試験で確認されたことは「腸重積症の自然発生がほとんどない生後3ヶ月未満に初回投与を行えば,いずれのワクチンも先行ワクチンであるRotashieldより,高い頻度で腸重積症を起こすことはない」ということである。つまり,生後6週から12週の間に初回投与を行い,すべての投与を生後32週までに終えるという時間的フレームの外での安全性は確かめられていない。これらのワクチンが実際に広く使われるようになった場合に6ヶ月以上の小児に対する「腸重積症」に関する安全性は確立されていないことから,キャッチアップ接種は当面避けるべきであろう。

  Rotarixは,ヒトロタウイルス89−12株を培養細胞で33代継代するというオーソドックスな方法で弱毒化し,プラーク純化した血清型G1P[8]の単価ワクチンである。Rotarixは単価ワクチンであるため,流行株がG1P[8]以外の血清型,とくにG2P[4]である場合に果たして期待される効果を示すことができるかどうかが最大の関心事である。また,凍結乾燥品なので緩衝液にといて,生後5週齢以降の児に初回投与を行い,その後,最低5週間の間隔をおいて追加接種する。すなわt,投与回数は2回である。

  RotaTeqはウシロタウイルスWC3株を親株にし,防御に重要な中和抗体を惹起する血清型G1〜G4のVP7とP[8]のVP4タンパクをコードする遺伝子をヒトロタウイルスからとった5価の遺伝子分節組換え体ワクチンである。このワクチンは防御免疫がG血清型に強く依存するという仮説に基づいている。 液状なのでそのまま投与することが可能であるが,生後6〜12週齢児に初回投与を行い,以後4〜10週間隔で3回の投与が必要である。

  ロタウイルスワクチンが画期的なのは,このワクチンを本当に必要とする開発途上国の子供たちに,先進国の子供たちと同時あるいはそれより先行してワクチンが使われ始めたことである。現在,いずれかのワクチンが認可され,使用されている国は米国,ヨーロッパ,オーストラリアなどの先進工業国および中南米,アフリカ,アジアなど,世界で60カ国以上に及んでいる。任意接種の国も多いが,ブラジルをはじめとして定期接種に取り入れた国もあり,この傾向を今後も加速度的に進めるべく国際的連携を強化する必要がある。

  わが国にはどのようなワクチンが必要であるかということを検討する機関がない。ワクチンを販売しようとする製薬会社が医薬品機構に治験の申請をしてはじめて,ワクチン導入への道が開かれる。製薬会社は,国の公衆衛生施策としての必要性よりも,市場として成り立つかどうかを第一に考えるであろう。社会の中にワクチンを懇望する声が高まらず,また,どの製薬会社も,わが国のバースコホート(100万人)が小さくかつ定期接種には指定されないと見込んで(任意接種で生後2ヶ月までにワクチン接種をする子供はせいぜい10万人程度だろう),市場としての価値なしと判断すれば,わが国の子供たちがロタウイルスワクチンの恩恵を受けることができないということになりかねない。こうなれば最悪のシナリオである。


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