平成8年に学校給食を原因として相次いで起きた腸管出血性大腸菌O157による食中毒を契機に、学校給食の衛生管理の見直しが行われたことは記憶に新しい。当時の文部省は、「学校給食衛生管理の基準」を策定し、食中毒を起こした調理場や学校には必ず、文部省の巡回指導のチームが訪問することとした。その後この巡回指導事業は日本スポーツ振興センターへ移管され、現在も活発に行われている。また、文部科学省や日本スポーツ健康センターからの食品衛生教材は、都道府県、市町村の教育委員会を通じ、全国の小中学校と共同調理場へと配布され、栄養職員を中心に研修が行われる。以来10年間、O157による学校給食での食中毒は1件も起きていない。しかし代わりに増えてきたのがノロウイルスによる食中毒である。
一方、保育所をはじめとする社会福祉施設や病院における給食調理にあたっては、大量調理施設衛生管理マニュアルを応用した社会福祉施設における調理施設衛生管理マニュアルをもとに衛生管理が行われている。しかし、一日複数回の食事の調理を行うことや年齢や患者の病状により食事のメニューが多岐に亘ること、そして喫食者の体力が劣っていることなどにより、これらの施設での給食の衛生管理は、学校給食と比較しても一層難しい。近年、給食の外部民間業者への委託が増えてきたことも、状況をさらに複雑にしている。保育所給食の特殊性を鑑みたマニュアル等も発行されているが、なかなか食中毒の発生が減っていない。ノロウイルスは社会福祉施設や病院における給食でも問題になっているほか、食中毒であるのか施設内での集団感染であるのか、判断に迷う事例の原因の一つでもある。
ノロウイルス感染症や食中毒の発生動向、原因食品の解析については他の演者に譲る。これら事例を減らすことは急務であり、そのための対策として可能なことをそれぞれの立場で実行することが原則ではある。しかし、対策の効果を予測しながらとるべき対策の優先順位を判断したい場合、リスク管理機関のこのようなニーズに対して支援することが、リスクアセスメントの役目である。われわれは、カキによるノロウイルス感染のリスクアセスメントを試みた。現在のリスクアセスメントモデルは、あくまで現状で入手可能なデータから構築した暫定的なモデルであるが、カキの生産や流通に関する詳細なデータがより利用可能となれば、将来的には、カキ出荷前の浄化等、現在行われている対策の効果の評価や、下水処理場でのウイルス対策等の今後取りうる対策の効果の比較に応用することが可能である。より現実に即したモデルの構築のため、今後も各分野の専門家の方々からデータの提供や助言等の御協力をいただきたい。