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第37回日米ウイルス学会議報告


中込 治 (長崎大学医学部病態分子疫学教室)


 第37回日米ウイルス学会議は7月18日から3日間にわたり,米国テキサス州ヒューストンのマリオットホテルで開催された。前日の17日には,恒例のプレコンファレンスツアーが組まれたが,この中で最近全米から人材を集め新興感染症・熱帯医学・バイオテロリズム研究の一大拠点を形成しているガルベストンにあるテキサス大学医学部を訪問した。とりわけ,キャンパスのど真ん中に完成まじかのP4施設を見学したが,連邦政府関係機関や米軍施設ではなく,アカデミズムの中にこのような研究施設を設置しようとする意義と意気込みを痛感した。

 ウイルス性胃腸炎のセッションは初日の朝から午後にかけて,スタンフォード大学医学部に戻ったHarry Greenbergと中込治の座長のもとで15の演題が発表・討論された。米国側からは近年になく多数の9題の発表があった。これは胃腸炎ウイルス研究の中心地のひとつである地元ヒューストンのBaylor College of MedicineからEstes, Ramig, Prasad, Conner などの名を馳せた研究者に加え若いポスドク2人が参加したことによるものであった。

 ConnerのラボのポスドクであるSarah Bluttは,ロタウイルス感染時に大量のB細胞が腸管粘膜付属組織に誘導されるが,この誘導にはVP7の存在がcriticalであることを示した。しかし,B細胞の活性化はB細胞レセプターを介したものではなく,Toll-like receptor (TLR-4)を介したものであることが分かったと報告した。また,Connerはロタウイルスがしばしば腸管外の病変を起こすが,この機序がロタウイルスがviremiaを起こすことによるものであることを実験動物で示し,さらに小児のロタウイルス感染例の一部でも抗原血症になっていることを報告した。

 RamigのラボのポスドクであったMossel(現テキサス大)は,RRVが腸管外に伝播していくのを規定している遺伝子がNSP3(segment 7)であることから,RRV, SA11の親株とNSP3遺伝子を交換した単一遺伝子分節組換え体を用いて,腸管外に伝播していく能力を持ったウイルスが時間を追って腸管,回腸末端,腸間膜リンパ節,末梢組織へと次々と出現してくる一方,腸管外に伝播していく能力を持っていないウイルスは腸管,回腸末端または腸間膜リンパ節(SA11のNSP3遺伝子組換え体)に留まることを報告した。

 Ramigは,OSU株のgene 9 mRNAのcis-replication elementsをすべてもつ126ntのRNAを作成し,ロタウイルスRNAに結合するウイルスと宿主タンパクに関する解析をelectrophoretic mobility shift assayで行い,VP1とNSP3が同時にRNAに結合しないこと,VP1がRNAと相互作用するS100抽出物の中の主要タンパクであること,VP1はNSP3がRNAに結合する約25nt上流に結合することなどを明らかにしたと報告した。

 Prasadは,ロタウイルスの感染初期にレセプターとの結合などもっとも重要な役割を果たすVP4スパイクについて, pH依存性に見られる構造変化を中心に報告した。すなわち2葉性bilobedに見えるVP4スパイクはpHを上げると不可逆的に平たくつぶれた3葉性trilobedに見える構造になる。これはVP4モノマーのひとつが2つの異なった構造をとるためらしい。VP5*に結合するmonoclonal antibodyはpH依存性の構造変化を阻害する一方,pH依存性に変形したVP4スパイクにも結合することからepitopeは構造変化にもかかわらず保持されていることがわかった。このpH依存性に変形したVP4スパイクをもつ粒子が細胞に結合できるが,赤血球凝集活性や感染性を失うことは,ロタウイルスの感染初期段階が多段階のプロセスからなるという仮説とよく符合することなどを報告した。

 Estesは,NSP4がpleiotropic functionをもつこと,phospholipase C依存性に細胞内カルシウム濃度を上昇させこの結果塩化物イオンが細胞外に放出され下痢を起こすこと,さらに,細胞内でタンパク分解を受け分解産物が細胞外に分泌され,この分泌されたNSP4が細胞のapical surfaceに作用し,細胞のtransepithelial resistanceを減少させるという細胞内カルシウム濃度上昇とは別のもう一つの機序により下痢を発症させるなどenterotoxin活性を中心にreviewした。また,これらのenterotoxin活性が抗体によって中和されることも示した。 Estesはまたノーウォークウイルスの発現系についても報告を行い,ORF2から翻訳されるVP1のみでは粒子形成が非常に悪く,ORF3から翻訳されるVP2の存在がcis-actingに作用し安定な粒子形成に導かれることを示した。

 この他米国側からはCDCのGlassとBaoming Jiangの参加があった。Jiangは,アジア,アフリカ,ヨーロッパ,南北アメリカなど10地域でEM, ELISA, RT-PCRを駆使して世界的なレベルでのC群ロタウイルスの疫学調査を行った結果,小児ではMalawiの3.3%からBrazilの38%まで広範囲にわたる検出頻度の差があること,米国でのウイルス性胃腸炎の集団発生例からもまれならず検出されること,C群ロタウイルスのVP7遺伝子が世界中で非常によく保存されていることを報告した。

 Glassはノーウォークウイルスの検出法の進歩により,ウイルス性胃腸炎の原因究明が確実に進歩してきていることを指摘し,クルーズシップやフットボールの試合での感染経路の解明の例を紹介し,さらに病院の救急部を訪れる胃腸炎患者の中にノーウォークウイルスが原因となっているものがあることを報告した。

 日本側からの発表は5題であり,2題がロタウイルス関連で,残る3題がノーウォークウイルスに関連するものであった。中込治(長崎大学)は,地域の基幹病院を定点として行った小児下痢症入院患者の分析に基づく罹患率の推定(5歳までの入院を指標とした累積罹患率は6.4%)から日本におけるロタウイルス感染症の疾病負担がロタウイルスワクチンに積極的な米国よりも大きいと予想されるという中込とよ子(秋田大学)の研究結果を報告した。

 谷口孝喜(藤田保健衛生大学)は,KU株を抗原としてphage-display systemを使いVP4を標的として中和活性をもつmonoclonal antibody2種とVP7を標的として中和活性をもつmonoclonal antibody1種とを作成することに成功したことを報告した。

 牛島廣治(東京大学)は,immunochromatographyによるノーウォークウイルスの検出法について臨床検体を用いて評価し,免疫抗原を拡大すれば簡便な検出法として実用的になる可能性を示した。また,multiplex RT-PCRによるノーウォークウイルス,サッポロウイルス,アストロウイルスの検出法について報告した。

 片山和彦(国立感染研)は,ノーウォークウイルスのcDNAをT7 polymerase promoterの下流に置きtranfectさせ,同時にT7 polymeraseとcapping enzymeを供給するワクシニアベクターをco-transfectさせることによりgenomic RNAおよびsubgenomic RNAが転写されることを報告した。

 田中智之(堺市衛研)は,RT-PCRに代わるノーウォークウイルスの検出法としてELISAを開発してきたが,高い特異度を獲得する上での障害となっているnon-specific reactionの原因を追究しELISAの改良を図っている現状を報告した。

 川本尋義(岐阜県生物産業技術研)は,potyviral vectorを用いて遺伝子改変をしていない天然のソラマメにノーウォークウイルスタンパクを発現させることに成功したことを報告した。


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