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E型肝炎にまつわる最近の話題


武田 直和 (国立感染症研究所ウイルス第二部)


 昨年の夏、E型肝炎ウイルス(HEV)による劇症肝炎で死亡例が確認された。また。原因不明とされていた急性肝炎患者の血清からHEV遺伝子が検出された。さらにこれらの人たちには海外渡航歴がないことが伝えられた。追い打ちをかけるように養豚から類似のウイルスが検出され、抗体調査から既に20人に1人の日本人がこのウイルスの感染を受けていることが明らかにされた。これまでわが国には無縁の疾患であろうと考えられてきたE型肝炎がにわかに騒がしくなってきた。

 これまでもE型肝炎が人畜共通感染症か否かで議論がゆれていた。理由は、1)ヒトのHEVと似たウイルスがブタやげっ歯類からとれる、2)野生動物や家畜の血清中にHEVに対する抗体が見つかる、3)実験的に種を超えてHEVの感染が成立する、ことによる。ブタからのウイルス遺伝子検出は各国で既に数多く報告されているし、最近はニワトリからもHEV類似のウイルス遺伝子が検出されている。

 今年になってブタからとれたHEV遺伝子がヒトからとれたHEV遺伝子と99%のホモロジーをもっていたこと、E型肝炎患者の大部分が発症する前にブタレバーを食べていたこと、市販のブタレバーからもHEV遺伝子が検出されること、野生イノシシのレバーを食べた人が劇症肝炎で死亡したこと、など間接的ながらHEVが人獣共通感染症である証拠が続々と登場してきた。さらに、シカの生肉を食べて発症した人から取れたHEV遺伝子の配列が、食べ残しのシカ肉から検出されたそれと同一であったことが報告された。因果関係が始めて直接証明されたことになる。E型肝炎はまさに人獣共通感染症である。

 しかしながら、最近わが国でE型肝炎が増えているという根拠はない。抗体調査からは30歳以下の日本人はほとんど抗体を持っておらず国内で感染が繰り返されているという証拠もない。ちょうど40歳以下の大部分の日本人がA型肝炎に対する抗体をもっていない状況と重なる。わが国においてはA型肝炎同様、過去の感染症になりつつあるのではないだろうか。

 E型肝炎は経口伝播型の急性肝炎である。したがって対策は、清潔の保証がない飲料水や非調理の貝類をとらない、動物の肉や内臓を生で食べない、などA型肝炎の場合と同様である。特にE型肝炎流行地域への旅行者は十分注意すべきである。万全の疫学監視体制を整えることはもちろん必要であるが、個人で十分に防衛が可能な疾患でもある。


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