会員各位の多くにはあまり馴染みのないと思われるウシとブタの下痢症ウイルスについて、簡単に紹介させていただく。家畜の下痢症、特に子ウシや子ブタなどの若齢家畜の下痢症は発生率ならびに致死率が高いことから畜産経営上最も経済損失の大きな疾病の一つである。たとえば、米国での子ウシ下痢症による被害額は年間100-200億円に上ると試算されている。ヒトの下痢症と同様、幾つかの下痢症ウイルスがウシやブタの下痢症に頻繁に関与している。子ウシや子ブタにおいては特に、複数のウイルスあるいはウイルスと他の病原微生物との混合感染も多く認められる。このため、欧米では子ウシ下痢症をUndifferentiated Infectious Diarrhea あるいはNeonatal Calf Diarrhea Complexとも称され、下痢の原因確定が困難な場合も多い。
ウシやブタの主要な下痢症ウイルスとして、ロタウイルス、カリシウイルス科ウイルス、コロナウイルスなどがあげられる。ウシにおいては、子ウシでの下痢症の被害は生後1ヶ月以内の新生子ウシで特に大きい。新生子ウシの下痢症例の半数近くからウシロタウイルスが検出され、その大部分はA群ロタウイルスである。特に、ロタウイルスが関与した下痢症例の60-70%が生後2週以内に認められている。ウシコロナウイルスもウシロタウイルスに次ぐ主要な子ウシ下痢症の原因であり、両ウイルスの混合感染も頻繁にみられる。また、ウシノーウオークウイルスも子ウシ下痢便から検出され、一部の株では下痢原性が実験感染により確認されている。成牛では搾乳牛の伝染性下痢が冬季に頻繁にみられ、一部の発症牛は血便を排出することから、冬季赤痢と従来称されてきた。冬季赤痢はウシコロナウイルスが原因であることが近年明らかにされ、産乳量減少が顕著にみられる。一方、血便以外の発生様相や症状が冬季赤痢と極めて類似した成牛の伝染性下痢症例からB群あるいはC群ロタウイルスが検出されている。
ブタにおいては、コロナウイルスによる下痢症、すなわちブタ伝染性胃腸炎(TGE)とブタ流行性下痢(PED)は発生農場において哺乳豚の大半が死亡するという壊滅的な被害を一般的に与える。特にPEDは1990年代後半に九州地方を中心に大発生した。近年両疾病の大きな流行は報告されていない。一方、ブタロタウイルスはほとんどの農場に常在しており、哺乳豚や離乳豚の下痢症に関与して発育遅延等による大きな経済的被害をもたらしていると考えられる。臨床現場では子ブタ下痢症は大腸菌症として片づけられる場合が多いが、哺乳期ならびに離乳期の両時期の子ブタ下痢症例からロタウイルスが高率に検出される。また、子ウシの場合と異なり、B群やC群ロタウイルスも頻繁に検出され、特に、離乳期の糞便からは複数の血清群のロタウイルスが同時に検出される場合が多い。また、ブタサッポロウイルスもPCR法で離乳豚を中心に高率に検出される。
これら家畜由来の下痢症ウイルスの研究は家畜の生産性向上を図る上で必要である他、ロタウイルスなどヒトと家畜いずれにも認められるウイルスの変異様相や種間伝播の可能性を明らかにする上でも大変重要であると考える。