3.電子顕微鏡観察像に及ぼすネガティブ染色法の影響について

大瀬戸光明 山下育孝(愛媛県立衛生環境研究所)


 電子顕微鏡ネガティブ染色法は、現在、SRSV診断の標準法のひとつとされている。ネガティブ染色法は検出感度ではRT-PCR法には遙かに及ばないものの、SRSVの特徴が観察できた場合には、確実な診断根拠となる。また、この方法は観察する試料入手後5分以内で結果を得ることができる迅速性と検出できるウイルスの範囲が広いことから、下痢症の病原診断だけでなく、広く感染症による健康危機管理対策の上でもその有用性が期待されている。しかし、この方法による判定は、術者の主観的形態的観察にまかされているところが多いため、施設間の診断レベルを均一化すべき課題が生じてきている。

 ネガティブ染色法は、電子密度の高い染色液でウイルス粒子の周りを覆い、電子顕微鏡観察をする極めて簡易な操作であるが、観察される電子顕微鏡像に影響する要素としては、染色剤の種類、pH、濃度、染色時間、試料の濃度、等色々考えられている。今回は、ロタウイルス、SRSV、アストロウイルス等の下痢症起因ウイルスの検索に際して重要とされている、これらの要素について我々の経験と若干の検討結果を紹介する。

 染色剤:一般に多用されている染色剤は、1-3%のリンタングステン酸と2-4%の酢酸ウランである。ウイルスの検出に用いるには両者共に遜色ないネガティブ染色像が得られるが、酢酸ウランは染色性が強いようで、ポジティブ像になりやすいこと、また、pHが4程度と低いこと等の特徴がある。リンタングステン酸はKOH又はNaOHでpHを中性付近に調整しているので、免疫電子顕微鏡法に用いることができるが、ウイルス粒子内への浸透性が強いため、染色時間とともに速やかに壊われたような粒子像が観察されるようになる。

 染色剤のpH:リンタングステン酸はpH7に調整するとテキストに記載されているが、我々はpHを6.7に調整している。ロタウイルス、SRSV、札幌ウイルス様カリシウイルス等では、pH7より酸性の方が観察される粒子形態の安定性が良い。この現象はC群ロタウイルスで顕著に現れた。しかし、pH6以下の酸性側ではコントラストが強くなりすぎて、小型のウイルス粒子の検出は困難になるようである。また、アストロウイルスはpH7ではウイルス粒子表面の星状形態が観察し難くなった。

 染色時間:pH6.7の2%リンタングステン酸では、SRSVは20秒から3分間の染色に安定であったが、札幌ウイルス様カリシウイルスでは3分間の染色で典型的カリシウイルス様形態の観察が困難になった。A群ロタウイルスでも染色時間の経過と共に、二重殻の完全粒子の割合が減少し、一重殻粒子や中空粒子の増加が観察された。染色時間は20-30秒程度で十分であると思われた。

 試料の濃度等:観察試料中に含まれる細菌の鞭毛や細胞壁の破片等の夾雑物は、検体により異なっている。常に同じ手順で染色していても、グリッドメッシュ上に残る染色液の厚さ、ウイルス粒子周辺部への染色液の付着状態が異なる。そのため、良いネガティブ染色像を得るには、試料を適当に希釈する等試行錯誤が必要となる。

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