活動経過

3年間の取り組みを振り返って〜今後の取り組みに向けて〜

札幌医科大学医学部放射線医学講座 兵頭秀樹

「死亡時画像診断による教育支援プログラム」は平成20年度に採択された「質の高い大学教育推進プログラム(教育GP)」であり、平成22年度で3年間の取り組みが一旦終了する。この間取り組みを通じてワーキンググループメンバーで重ねたディスカッションや、患者/家族から拝聴したお考えを通じて、医学/医療教育の問題点・今後の取り組みに向けて必要な課題について、教育GPを振り返りながらワーキンググループの総意として提言させていただきたい。

取り組みの目的:
 「医師としての人間性の豊かさをはぐくみ、患者やその家族との信頼関係を構築でき医療を実践できる医師を育成する」ことがこのGPの目的である。死後画像診断を臨床教育の現場に導入するという「知性教育」に加え、患者家族あるいは主治医と医学生が面談を通じてよい医療者としての心構えを学ぶ「感性教育」という2つの柱で構成されている。特に後者の「感性教育」はこれまで医学教育のなかで取り上げられてこなかった患者の死に際して如何に医師として受け止めてゆくか・遺族と如何に向き合うか・闘病中にどのように接して行くことが必要かという課題を正面から見据え、医学教育に取り入れる方法を探り実践してゆくものであった。そこには学生としての甘えの許されない"ご遺族あるいは主治医との面談"がカリキュラムとして組み込まれており、学生にとってストレスの多い取り組みであったと推測する。事前に学生に対して行ったアンケート結果からも、社会人として未熟な学生が遺族と接する不安・医学生に対するモラル教育の不足・同世代でない人と話すことの緊張が大きな課題として浮上し、過去の医学教育カリキュラムでは経験できない体験型の教育プログラムであったと考えられる。

知性教育としての死後画像診断と病理解剖の融合:
 死後画像診断はこのGPを通じて大学全体としての取り組みとなり、中央部門・看護部・病院事務等多くの部門の協力を得ることができ実施できた。夜間帯も学生に配布していたon call用PHSで医学生に"呼び出し待期"の臨床実習を行うこととなり、24時間医師として対応することの現実とその限界について体験させることができた。夜間帯の実施例も少数ではあるが複数例あり、多くのメディカルスタッフが昼夜を通じて献身的に業務に従事していることを感じる機会となった。
 死後画像診断による画像評価/読影は学生にとって新しい画像診断の活用法を学ぶよい機会となり、引き続き実施された病理解剖との融合(病理Ai)は肉眼所見と画像所見を対比することを可能とし、学生に病理解剖の必要性を再認識させるきっかけとなった。ここで得られた医学的知識は引き続き実施された学生CPC(clinic-pathological conference)で発表され、教科書に記載されている疾患が実際の症例でどのような"振り幅"をもって発現していたかを経験する機会となり、教科書からは学べない実臨床を経験する機会となった。

感性教育としての遺族あるいは主治医との面談:
 遺族あるいは主治医と医学生の面談を通じて、闘病中の患者/家族の医師に対する気持ちや亡くなる患者/家族に如何に接することが大切かを学生は学ぶこととなった。これは従来医学部入学までの経験で 体得しておくことが期待されていたわけだが、核家族化が進み医学部入学までに近しい家族の死を経験することなく医師になるものが増加しているため計画された取り組みであった。
 ご遺族と面談がかなった学生のなかには、ご遺族から闘病中の話を聞き「いい家族だなぁって・ご家族の皆さんが潔いと思いました」と発言し、GPメンバーから「長い年月を振り返って、かいつまんで人に話すのだから理路整然と正面から向き合っていたように聞こえるかもしれないけど、実際はそんな時ばかりではない」と指導される一場面もあり、「話をすることのむずかしさを知った」との感想が聞かれた。また、ご遺族からは「先生は本当に良くしてくれた。亡くなった後の定期外来も取り消さずに、私のために時間を作ってくれた」との感謝の気持ちをお話しいただくことができ、グリーフケアの重要性を学ぶ機会となった。グリーフケアは未だ医学教育のなかでは取り入れられていない分野であるが、"良医"を育ててゆくうえで今後の重要なキーワードとなるものと考えられた。

講演会・メディア発表等:
 GP期間中、講演会を3回開催した。平成21年には死後画像の社会的な取り組み並びに今後の活用の方向性について・平成22年には患者の心のケア-患者とのコミュニケーションについて・平成23年には「いのち」の看取り教育〜医療教育における発展に向けて〜が企画され、多くの医師・医学生・看護学生・医療従事者がこの取り組みの目指すところを知る機会となった。また、平成22年には死後画像研修会を実施し、死後画像を実施するうえで必要な知識や法的/環境整備について学ぶ機会があり、ワーキンググループは指導する立場として会運営を行うこととなった。
 国内メディアや学術会議からの取り組みについての注目も高く、GP採択当初より全国紙で取り組みが報じられ、病理学会総会・日本学術会議・厚生労働省班会議にワーキンググループメンバーが参加し、全国の関連施設に対して札幌医大の取り組みについて紹介し、今後の国策としての取り組みに意見する機会となった。

GPの問題点と課題:
 GP期間中、院内では多くの患者さんが治療の甲斐なく死亡退院されている。集計では平成21年が463名(入院後48時間以内死亡264名)・平成22年が557名(204名)であった。その中で病理解剖が実施されたのは平成21年24名(5.2%)・平成22年25名(4.5%)であり、その約3割(平成21年7名(29.2%)・平成22年8名(28.5%)に死後画像診断が実施されている。病理解剖数の減少は国内すべての医療施設で共通する状況であり、より充実した取り組みとしてゆくためには病理解剖数の増加が是非とも欠かせない。一方、亡くなった患者で病理解剖を受けた中には訴訟を念頭に置いた遺族も含まれており、GPで対象として想定した"良好な医師-患者関係を学生がお手本として見習う"ことがかなわなかった症例も含まれており、実際の医療現場での教育教材としての利用には限界があることが明らかとなった。
 GP期間中、複数のご家族に学生面談をお願いする機会を得た。しかし、医学生との面談に躊躇するご遺族が多く、面談の機会が許されたご遺族は一家族だけであり、医療関係に従事しているご遺族であった。協力を辞退されたご遺族は、亡くなったご家族との関係は良好であったが新しい生活が既に始まっており仕事を休んでまで医学教育にご協力することは難しいとのお話しもあった。アンケート調査についても"良好な主治医患者関係が築けているご遺族""死後画像診断と病理解剖を実施したご遺族"と対象を限定したため母数が少なく、十分活用できなかったことは改善点と考えられる。
 これらの反省点を踏まえ、緩和医療学講座から学生面談に積極的な遺族に協力をいただき、肉親を亡くすという悲しみ・喪失感・疑問(場合によっては怒り)の感情を学生が患者家族(遺族)から直接聴取・対話することが必要と考えられる。この方法を取り入れることで、クリニカルクラークシップでは得られない患者家族(遺族)と対話する場を数多く確保し、入院中〜亡くなった後の家族の心情変化と向き合う姿勢を体験させ、医師/医療従事者が求められる高い人間性がいかなるものかを体得させる仕組みが可能となると考えられる。

今後の取り組みに向けて:
 医師・看護師を含めた医療従事者は、受け持ち患者が死亡することは知識としては理解しているが実際に遭遇する場面は少なく、現時点では死にゆく患者やその家族に対する接し方は従来と変わらず個人の資質に委ねられている。その資質は今までは医学部(看護学部)に進学するまでに日常生活の中で家族とともにはぐくまれてくるものであったが、時代の変遷・家族構成の変化から習得困難となり、今日では医学教育の中で取り組まれるべき内容の一つになったと考えられる。さらに、コミュニケーションツールとしての電子媒体の発達は人と直接会って話をすることを減少させ、患者や家族が医療者に求める“話を聞いてくれる・話をしてくれる”というモチベーションを低下させている可能性も考えられる。教育カリキュラムの判定試験でマルチプルチョイス等数値化に代表される無機質な評価法が取り入れられ、人間性といった数値化/標準化が難しい評価法(面談・対話等)の機会が減少してきたことが、医療人に求められている人間性をいっそう希薄化させている可能性も考えられ、今後の改善に向けた意見交換が必要と考えられる。
 全ての医系学生は、患者やその家族の心情を慮り言葉や態度に表すことができることが欠かせない職業に近い将来就くことを理解しなければならず、今後の医学/医療教育にとって、人間性を高める取り組みをカリキュラムとして実施してゆくことは必須となってゆく。また、医療は医師だけでは実施できずメディカルスタッフとの協力が必要であり、医系学生が一同に会する大学事業として医学部と保健医療学部との共通カリキュラムとしての取り組みや、卒後研修としての取り組みにより教養教育~卒前教育~卒後研修と連続した取り組みにより、良医を育てる医科大学としての完成された教育システムになるのではないかと考えられる。
 このGPでの取り組みは他に類なく、今後国内他施設での医学/医療教育に積極的にとりいれられてゆく取り組みであると考えられる。本取り組みが発展的に継続されることは我が国の医療人育成の重要な要になること考えられ、ひいては国民からの医療教育に対する期待に応えるものになると考えられる。

 項を終えるに当たり、ワーキンググループメンバーの事業推進代表島本和明先生・事業推進責任者長谷川匡先生・コア教員晴山雅人先生・佐藤昇志先生・澤田典均先生・一宮慎吾先生・門間正子先生・岩本喜久子先生・計良淑子先生・佐藤大志先生・菊地智樹先生・顧問今井浩三先生には大変世話になりました。また、放射線部・病理部・看護部・大学事務他多くの先生の御尽力を賜りました。この場をお借りして深謝いたします。