Entered: [1997.05.03] Updated: [1997.05.06] E-会報 No. 37(1996年 11月)
研究室紹介

北海道大学・農学部・応用生命科学科・分子生物学講座
内藤 哲


 当講座は30年前に農芸化学科微生物工学講座として発足し、長らく微生物を用いた研究を行ってきましたが、1992年4月の学部改組により現在の学科・講座名になりました。応用生命科学科は昨年度に第1期生を送り出したばかりで、できたての学科という感じです。教官は私(内藤)の他、石川雅之助教授、南原英司助手の3名で、大学院生と卒研生それぞれ数名(冬学期は3年生数名が加わります)に事務官を加えた所帯です。 現在の研究テーマは高等植物における分子遺伝学的研究を目指したものです。大腸菌や酵母、あるいはショウジョウバエの例を挙げるまでもなく、生命現象の解明のために遺伝学的研究方策は大変有効なものです。しかしながら、高等植物を用いて遺伝学的研究を行おうとすると、場所と時間の両面から大きな制約を受けてしまいます。そこで、私共の研究室ではアブラナ科の一年生植物であるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を実験材料の中心に据えて研究を行っています。

 シロイヌナズナは1年に7世代を重ねることができ、成長しても草丈は20〜30cmであることから多数の植物を容易に室内で栽培することができます。欧米では今世紀初頭から遺伝学的研究材料として用いられてきており、「植物のショウジョウバエ」とも呼ばれます。1980年代になって高等植物の研究にも分子生物学的方法論が導入されるようになると、シロイヌナズナのゲノムサイズが大変小さい(100Mb/ハプロイド:酵母の数倍、ショウジョウバエの半分)ことから、分子生物学的実験材料としても注目されるようになりました。既に多数の突然変異株のコレクションがあるのみならず、分子マーカーやコンティグ等の整備が精力的に進められ、ストックセンターからは種子やDNAの分与を受けることができます。

 以下、簡単に現在の研究テーマをご紹介します。

 メチオニン生合成の制御機構(内藤):大腸菌や酵母では、アミノ酸の生合成経路は生化学的研究で組み立てられた経路が遺伝生化学的研究によって裏付けされています。これに対して、高等植物では遺伝学的研究が大きく立ち遅れています。私共はメチオニンのアナログであるエチオニン(毒性を持つ)に耐性になったシロイヌナズナ変異株を分離することにより、遊離メチオニンを過剰に蓄積する変異株(mto1:methionine over-accumulation)を得ました。これまでの結果から、メチオニン生合成の鍵酵素と考えられているシスタチオニンγ-シンターゼのmRNAが増えていること、野生型株ではメチオニンにより同mRNAの蓄積が抑えられるのに対してこの変異株では抑えられないことが分かり、この酵素の遺伝子発現制御に欠損を持つ変異株であると考えています。現在はMTO1遺伝子の単離に向けて実験を進めています。ところで、メチオニンに着目した理由には、ダイズ種子貯蔵タンパク質遺伝子の一つがメチオニンによって抑えられるということがあります。種子貯蔵タンパク質遺伝子の発現は器官および時期特異がはっきりしており、しかも大量に発現します。クリスタリンの例を挙げるまでもなく、このような遺伝子は発現制御機構の研究材料として適しています。このダイズ種子貯蔵タンパク質は硫黄含量が少ないことが知られており、硫黄栄養過多(メチオニン添加)の条件下では硫黄含量の少ないタンパク質の蓄積を抑えて、より多くの硫黄を種子に蓄積させるための反応と考えられます。実際、硫酸イオン欠乏条件下ではこの遺伝子の発現が増加します。このような応答反応に関する変異株を分離する方策を確立するために遊離メチオニンが増えた変異株を得ようとしたわけです。現在、mto1変異を持ったトランスジェニック・シロイヌナズナを親株として、件のダイズ遺伝子の発現がメチオニンに応答しないシロイヌナズナ変異株の分離を進めています。

 種子形成の遺伝的制御(南原):植物はいったん根を張ると生育環境が悪化しても逃げることができません。一方、種子は貯蔵物質を蓄え、乾燥耐性を獲得して休眠することができます。温・寒帯地方に生育する植物にとって、種子の乾燥耐性と休眠は冬を乗り切るために必須のものといえます。ところで、種子形成過程は大きく分けると、受精後盛んに細胞分裂を繰り返して幼生としての形態形成を行う初期段階と、細胞分裂を停止して貯蔵物質を蓄積し、乾燥耐性を獲得して休眠状態に入る中・後期段階に分けることができます。初期段階が終わった未熟種子は、適当な条件で培養すれば発芽させることができ、胚発生を中断させて中・後期段階に入ると考えることができます。南原助手はジベレリン(発芽を促進する)の生合成阻害剤存在下で発芽できる変異株を分離することにより、乾燥耐性を獲得できず、休眠しないシロイヌナズナ変異株を分離しました。この変異株は種子形成の中・後期段階で、本来なら発芽後に働く遺伝プログラムが進行してしまうものと考えています。現在、この変異株(abi3:abscisic acid insensitive)において種子形成の中・後期段階で発現している遺伝子の解析、および復帰変異株の分離を行っています。

 植物ウイルスの増殖機構(石川):ウイルスは宿主の機能を借りて増殖しますが、ウイルスの増殖を助けるためだけに特別の機能を用意しているとは考えられません。従って、ウイルスの増殖機構を調べることによって、宿主が本来持っている機能を一味違った側面から追及することができると期待できます。石川助教授らはタバコモザイクウイルスとキュウリモザイクウイルスを用いて、これらウイルスの増殖をサポートしないシロイヌナズナ変異株(tom1, 2:tobamovirus multiplication および cum1, 2:cucumovirus multiplication)を分離しました。これらのウイルスの増殖は、感染細胞における複製、細胞接着斑(plasmodesmata)を介した隣接細胞への移行、維管束系を介した全身感染、という経過をたどります。これまでの研究でtom1変異株では感染細胞内での増殖に異常をきたしていることが分かっており、他の変異株についても変異した増殖段階をピンポイントしようとしています。また、変異遺伝子の単離に向けた研究も進めているところです。石川助教授は昨年までの2年間、米国ウィスコンシン大学で酵母を用いた植物ウイルスの増殖に関する遺伝学的研究に携わってきていますが、この線の研究も進めることになります。本会報のNo. 35(1995年11月)に「留学体験記」を寄稿していますのでそちらもご覧下さい。

 北大創基120周年ということで鳴り物入りで北大のWWWが整備されました。当研究室の紹介もhttp://arabi4.agr.hokudai.ac.jp/arabi.htmlにありますのでご覧いただけると幸いです。(ただし、私が張り切りすぎたせいか、未だ"若手"のフォローがほとんどありません。)


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編集幹事:松岡 一郎 matsuoka@pharm.hokudai.ac.jp