Entered: [1998.03.24] Updated: [1998.04.07] E-会報 No. 41(1998年 3月)
海外レポート =留学体験記=

「グラスゴー便り」
吉富製薬(株)
大橋良孝


 日本を飛び発つこと15時間,上空から見るスコットランドの大地は黄金をちりばめたように美しく輝いていた.札幌医大・癌研・分子生物学部門を卒業してから6年目の秋のことである.昨年の10月12日,私はYoshitomi Research Institute of Neuroscience in Glasgow (YRING)の一員となるべく,スコットランドはグラスゴーに降り立った.

 さて北大・薬学部時代の恩師で本研究会の会報幹事である松岡先生からの原稿依頼に安請け合いしたものの,グラスゴーに来てから4ヶ月しか経っておらず,研究の方もようやく緒につきだしたところで何について書けるかと思案した.その結果,YRINGの紹介とこれまでの雑感を書いておくことにした.

 YRINGは吉富製薬とグラスゴー大学およびストラスクライド大学との共同研究所であり,抗精神病薬の開発を目指した研究を行う目的で1997年10月1日に設立された.研究室はグラスゴー大学の医学部内の学生実習室を改修したもので,両大学のSenior Lecturer 2人が所長を務め,PhD 3人,BSc 2人,technician 1人,administrator 1人,そして吉富からの派遣者として私と上司の計11名が目的の遂行にあたる.当研究所のユニークなところはマネージメントグループのメンバーに両大学の神経学者,Strathclyde Institute for Drug Researchからの天然物化学者,さらに臨床家が加わっており,適宜アドバイスならびにサンプルの提供を受けられるというところである.改修工事および主な機器の搬入が終了した今年の2月5日に開所式を迎えた.

 こちらでは何をするにもアポイントメントと手続きが必要であり,研究に関しても例外ではない.実験で扱う有害試薬については大学内の有害物質管理機関への申請が義務づけられており,毒性の種類,取り扱い,廃棄の方法などを所定の用紙に,実験ごとに記入しなければならない.厳密に言えば害の無い試薬などないので塩化ナトリウムやしょ糖の類も申請しなくてはならない.動物を扱うためにはまず,Home Office(内務省)の講習を受け,試験(筆記および実技)に合格しPersonal Licenseを取得することが必要である.次に,これまた実験ごとに使用する動物種,匹数,投与薬物,方法等をHome Officeに申請しProject Licenseを得なければならない.さらに当局による査察にもパスしなければならない.試薬や消耗品(ごく一般的な試薬や消耗品はstoreと呼ばれるところに在庫があるが)を注文する際には業者別に発注書,さらに消費税免除の書類に必要事項を記入し,所長のサインをもらう必要がある.その書類を医学部の経理に提出し,納入されるとstoreに取りに行くことになる.しかもstoreの開いている時間が限られている(1日のべ3.5時間)ので大変不便を余儀なくされる.従って,バリバリ実験できるという環境ではないが,必然的に実験計画をよく吟味すること,および予備検討の重要さを認識することの訓練になる.このことは結果的に無駄な実験を避けるとともに経費の節約につながることにもなる.

 最後に日本ではほとんど馴染みないであろうグラスゴーの紹介をしよう(こちらの人も日本についてあまり関心が無いが).「緑の谷」を意味するグラスゴーはロンドンから約700キロ北に位置している.ロンドンから見ればグラスゴーよりパリの方が近いということになる.スコットランドは北海道とほぼ同じ面積と人口を有する.スコットランドの首都はエディンバラであるが,グラスゴーはスコットランド一の都市であり,80万の人口をかかえる.緯度的にはサハリンの北端と同じぐらいであるが,暖流の影響で札幌ほど寒くもなく,雪もほとんど降らない.まだ夏の時期を過ごしていないが,気候はwetである.全く雨の降らない日は1週間の内で1日ぐらいしかない.現地の人に「よく雨が降りますね.今が雨のシーズンですか.」と尋ねると,嬉しそうに「いかにも.雨季は1月から始まり12月に終わる.」と答えてくれる.グラスゴーは古い建物と新しい建物とが混在しており,やや整然さ,清潔さに欠けるが,よく言えば活気に満ちた都市である.それでも郊外の街並みは美しく,日本でいえばうん億円もしようかという豪邸があたりまえのように建っている.よく整備された公園やフットボール,ラグビー場さらにはゴルフ場も豊富に存在している.そして真冬でもその芝生は青々としている.博物館,美術館の類も多く,そのほとんどは入場無料である.スコットランドはケルト人が造った国なのでキルトやバグパイプに象徴されるように独自の文化を有している.男性がスカートをはいていても別に構わないのだが(ちなみにスカートの中はすっぽんぽんである),一番困るのはその独特の言葉である.強烈な訛りと言葉自体の違いから非常に聞き取りづらく,どことなくドイツ語を聞いているような感じもする.人柄は陽気で,人なつっこく,大変親切である.若干,大風呂敷な点は否めないが.食べ物に関しては噂通りである.食材の種類は日本よりやや少な目だが,魚は同じ島国なのにどうしてと言いたくなるほど乏しい.野菜や魚貝類の味は淡白であり物足りなさを感じる(牡蠣やムール貝はくせがなく歓迎であるが).調理の仕方もいたってシンプルで,我々日本人にとって明らかに間違った調理法(よけいまずくなる,栄養が逃げてしまう)と見受けられるものもよくある.便利さサービスの点でもかなり劣っている.日本の“お客様は神様です”や過剰気味のサービスに慣れている身にとっては唖然,憤慨してしまうこともたびたびある.かといって不動産以外の物価もおしなべれば日本と変わらない(消費税が17.5%もするところによるのかもしれないが).と,まあ日々の生活を日本と比較するとどうしても愚痴ぽくなってしまうのだが,私も妻も娘もこちらでの暮らしが決して嫌という訳ではない.異文化体験できるということは有り難いことだし,それにも増してこちらの人々の家族や友人を非常に大切にする温かさが好きだからである.そしてこちらの人々の実に生き生きとしていること.街行く人,働いている人,皆にこやかで,何事につけても寛容である.自分達も見習っていきたいと思っている.

 以上,表面的なことばかり書いてしまったが,まだまだ自分自身スコットランドの深層には触れていないと思う.これからの生活を楽しみに思うとともに,研究面でも充実したものになることを期待している.

大橋良孝 ymohashi@uk2.so-net.com


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