北海道大学・医学部・中央研究部
Macrophage migration inhibitory factor (MIF)は,活性化Tリンパ球より分泌される最初のリンフォカインとして報告され,マクロファージの遊走を制御し炎症部位にマクロファージを集め炎症,免疫反応を惹起する液性因子として注目された.しかし1989年にDavidらによりヒトTリンパ球からMIF遺伝子がクローニングされるまで,本タンパク質に関する研究の大きな進展はみられなかった.その大きな理由としてinterferon-γがMIFと同様にマクロファージ遊走活性を有することが強調されたためと考えられる.1992年にMIFがglutathione S-transferase活性とMIF活性というそれぞれ解毒系と免疫系の生体防御機構に関与するユニークな生理活性物質であることが報告され,再び注目を集めるようになった.ほぼ同時に,エンドトキシンショックの際にマウス下垂体前葉より分泌される物質がMIFであり,またエンドトキシンショックによる致死率が抗MIF抗体投与により著明に抑制されることが報告され,本病態におけるMIFの役割が一躍脚光を浴びた.そのメカニズムとして,エンドトキシンが標的細胞を攻撃し,予め組織中に蓄えられていたMIFが血中に放出され,これによりTNF-αやIL-1などの炎症性サイトカインの産生が増加すると考えられている.さらにMIFが低濃度のグルココルチコイド刺激により誘導されることから,本タンパク質が炎症や免疫反応のイニシエーターであると考えられるに至っている.
我々は,MIFがリンパ球のみならず脳や腎臓など種々の臓器で発現し,特に腎臓では尿細管上皮細胞,皮膚や角膜では細胞増殖の盛んな基底膜細胞などで発現が強いことを示した.さらに,MIFは炎症,免疫反応を惹起することのみならず,マクロファージを活性化し貪食能を高めることや成長因子によりMIFの発現が増加することなどから組織損傷の修復にも関与することなど多様な機能を有するタンパク質であることを報告した.次にセレノメチオニンを含むリコンビナントMIFを作製し,そのタンパク質の結晶化に成功しその高次構造を明らかにした.MIFは3量体構造を形成し,サブユニットは2つのβαβ motifが疑似の2回軸で結ばれた4本のβ strandからなり,それに直交するもう1本のβ strandが隣の分子のβ strandとの間で水素結合を作るユニークな構造をとっている.興味深いことに,MIFが大腸菌のcarboxymethyl isomeraseと高次構造が極めて類似していることやアミノ酸一次構造がD-dopachrome tautomeraseと相同性が高いことなどから,MIFが異性化酵素として機能する可能性を示唆してきた.最近,MIFがD-dopachromeを基質とする異性化酵素であることがRorsmanらによって報告され,この酵素活性がMIFの生物機能に密接に関連することが明らかにされつつある.しかし,MIFの分子レベルでの機能や遺伝子発現のメカニズムなど未解決な問題が多く残されている.本講演では我々の最近の知見を紹介し,MIF研究の今後の展開について考察する.