東京大学・大学院薬学系研究科
生体への外来性の異物は免疫系によって抗原として認識されて排除され,抗原認識は免疫系の主要なタンパク質である抗体との特異的な結合によっている.我々は,抗原認識を担う抗体のFvおよびFabと,その抗原リガンドとの複合体のX線結晶構造解析を進めており,ここでは,抗ダンシルリジン抗体のFv,親和性成熟過程の抗ニトロフェノール抗体のFab,および抗紫外線損傷DNA抗体のFabの三次元構造を紹介する.IgG抗体では,H鎖とL鎖の対が2組会合しており,各々の鎖はアミノ酸約110残基を単位とする免疫グロブリン折れ畳み構造のドメインを成している.抗体分子の姿をY字型に例えたとき,上方の左右の腕をFab,下方の胴をFcとよぶ.腕の先端部で抗原結合を担うFabは分子質量が約45 kDaであり,VHとVLの2ドメインから成る可変領域と,CH1とCLの2ドメインから成る定常領域に区分できる.さらに,可変領域VHとVLだけの分子は,Fvとよばれ,このVHとVL内に各々3カ所ずつ存在し,アミノ酸配列が抗体ごとに異なる領域を抗原結合の相補性決定領域(Complementarity Determining Region, CDR)の構造が抗原認識に主に寄与している.
抗体Fvは抗原認識の最小の構造単位(分子質量は約26 kDa)にあたるが,通常は抗体から調製できないため,2本のポリペプチド鎖をリンカーペプチドで連結してドメインの解離を防いだ1本鎖Fvとして発現されている.抗ダンシルリジン抗体では,CH1ドメインを欠失したものがあり,これから酵素処理で得たFvについて,Fv単体3種とFv-ダンシルリジン複合体2種の構造を解析した.これら構造を比較したところ,抗原結合に主に寄与するCDRのH3の構造が大きく変化しており,しかもFv単体と複合体ではドメイン配置にも差異が見出された.
免疫応答では,抗原の導入後数日から2週間程度の時間経過とともに血清の抗体価は上昇する.この現象は,アミノ酸配列に変異が生じた抗体が選択的に産生され,抗原とのより高い結合の親和性を示す抗体が多く産生されることに起因し,親和性の成熟と総称される.抗体レベルでの親和性成熟の分子機構を解明するため,ニトロフェノール誘導体(NP)に対する一次応答と二次応答の抗NP抗体のFab単体とNPリガンドとの複合体の双方の構造を得た.一次応答抗体Fab複合体のCDR H3とTrp 33Hの近傍にはNPとの密な原子間の接触が存在し,この密な接触は二次応答抗体では緩和されて親和性の上昇をもたらしている.
紫外線を照射して得られるDNAのdT(6-4)T光産物は,高い突然変異の誘発能を持ち,生体に重篤な影響を与える.ここでは,DNA(6-4)光産物を特異的に認識する抗体64M-2,-3,-5について,dT(6-4)T光産物の三次元構造と抗体による認識機構の詳細を報告する.これらFabでは,定常領域と可変領域がほぼ延び切った配置をしている.L2以外のCDRがハプテンとの相互作用に関与し,H3のArg 95Hの側鎖は光産物の5'-pyrimidineと3'-pyrimidoneの両塩基の間を支えるように位置し,H1のTrp 33Hの側鎖は3'-pyrimidone環を少し覆い隠すように環と平行に配置している.